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 ショートショート

  Taika Yamani. 

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前編 
  「とある高校生の平凡な一日」 -後-


 四月に十八歳になってから約六ヶ月、彼女の一日は目覚し時計のアラームの音と共に始まる。
 いつも深く熟睡する彼女だが、外界からの刺激に対する反応は鋭い。七時十五分にセットされたアラームが鳴り出すとピクっと反応し、即座に手を布団の上に伸ばしアラームを停止させる。
 そしてそのまま手を戻すと、むにゃむにゃと毛布の中で身体を丸くする。
 心地よい眠りを手放したない、起きたくない。だが学校があるから起きなくてはいけない。
 だからせめて後五分。
 そんな思いが込められた貴重な時間。夢見心地な数分間。
 きっかり五分、時間はいつも通りの速さで流れて、今度は勉強机の上の携帯電話が、セットされた時間通りに軽妙なモーニングコールを奏でる。
 半覚醒状態でまどろんでいた彼女は、ゆっくりと意識を現実に集中させた。畳の上に敷かれた布団の中でもぞもぞと動いて、寝返りを打って仰向けになる。
 ぼんやりと目を開きながら、彼女は布団から両手を出して、胸の上に乗せた。
 「……ねむ……」
 唇を動かすだけの、声にならない呟き。
 数秒そのままぼうっとしたが、天井とにらめっこしていても時間が無駄に過ぎ去るだけだった。鳴り止まない携帯電話のメロディーに押されるように、彼女は二度寝したい気分を抑えて、そっと身体を起こした。
 無意識に両手を頭の上に持っていき、片手ずつ動かして、寝癖を確かめるように微かに髪を触れる。簡単に撫で付けて前髪を左右に払うと、彼女はしかたなささげに立ち上がった。小さなあくびをこぼしながら、勉強机の前に移動し、携帯電話のモーニングコールを解除する。
 毎朝、このまま布団の中に引き返したい誘惑に抗うのは一苦労だ。
 あくびで涙が滲んでしまった眠気まなこをちょっと乱暴にこすると、彼女は少しだけ気合を入れるように、両手を組んで大きく伸びをした。微かに爪先立ちになり、背が反り返り、胸を張るように深く息を吸う。
 「んっく」
 スウェットのパジャマに包まれた身体を左右にひねって、さらに思いっきり両手を上へ。
 学校なんか行かずに、昼まで眠って家でテレビゲームでもやっていたいところだが、彼女は仮にも高校三年の受験生だ。朝の億劫さになど負けてはいられない。よしっ、と声に出すことはしないが、吐息と共に力を抜いて腕をおろすと、彼女は着実な足取りで自分の部屋を出た。
 まっすぐに洗面所に向かうと、父親が髭を剃っていた。
 「おはよ」
 彼女が父親の背中に向かって挨拶の言葉を投げかけると、父親は少し振り返って、「ああ、おはようさん」と声を返してくる。挨拶をしただけで返事を待っていなかった彼女は、そのまま大小兼用の洋式トイレに入った。
 ドアを閉め、便座を下げると、後ろ向きになって、ショーツごとパジャマのズボンを膝まで下ろした。ちょっと足を開き気味に便座に座ると、力を抜いて用を足す。
 毎朝の行為とはいえ、生理的欲求の解消は、どことなくほっとするものがある。雫が止まったところで、再び出そうになったあくびをかみ殺し、ウォシュレットを操作した。温水が止まるとトイレットペーパーを取って、ちゃんと拭いてから立ち上がり、パンツとズボンを引き上げる。
 水を流してトイレを出ると、父親は顔を洗っていた。彼女は父親の洗顔が終わるのをぼーっと待つ。洗い終えた父親はそれに気付くと、「ああ、すまんな」と無造作に言って、場所を開けてくれた。
 よくあることだから、彼女は軽く頷くだけで何も言い返さない。手を洗い、父親が立ち去るのを感覚的に察しながらしっかりと顔も洗い、清潔への欲求を満たすと共に、冷たい水の刺激で眠りの残滓を払った。
 まだ眠気は残っているが、また一歩意識がはっきりとする。少し濡れてしまった前髪を気にしながら、愛用のヘアブラシを手に取り、短めの髪を梳いて改めて髪を整える。
 そうしながら、鏡に向かってニッコリ笑顔を作ってみたり、キリリと真面目な顔を作ってみたり。
 百面相、とまでは言えないが、色々な表情を作って、今日の自分を確かめる。色々と思うところはあるが、自分の顔だから充分愛着はある。それなりに納得がいくところでブラシを置くと、彼女は着替えるために一度自分の部屋へと戻った。
 部屋に戻ると、着替えを手元に用意してから、パジャマを脱ぎ捨てて下着姿になる。脱ぎ捨てたパジャマは布団の上に雑に放り投げたが、これは後で布団と一緒にたたむのがいつもの習慣だ。特に寝汗をかいたとかいう場合を除き、三日は同じパジャマを着る彼女だから、パジャマには彼女の匂いが染み付いているかもしれない。
 ともあれ、ショーツ一枚という格好になると、まずは昨夜寝る前まで身につけていたブラジャーを手にとった。背中から羽織るようにして腕をストラップに通し、少し前かがみ気味にカップに乳房をおさめてフロントホックをとめる。背筋をピンと伸ばしてストラップを確認すると、カップの中に片方ずつ手を入れて、胸のおさまり具合を少し調節した。
 胸が落ち着くと、もう一枚、下着代わりの白いTシャツを着込んでから長袖のプラウスを羽織った。左側のボタンを右側の穴に上から順にはめると、次いで制服のボックススカートに手を伸ばし、身をかがめて片足ずつ足を通す。きちんとスカートをウエストまで引き上げるとブラウスの裾を押し込んで整えて、横側についているファスナーを閉めてホックを止めた。
 紺のハイソックスを手にとって一度デスクチェアに腰をおろすと、上体を折って膝を持ち上げるようにして、片足ずつ靴下をはく。青白縞模様のリボンタイをブラウスに装着して形を整え、最近少し寒くなってきているから、ブラウスの上からニットのベストを着込む。後は、左胸に校章の入ったダブルのブレザーを羽織ると準備は完了だ。
 布団は、母親には毎日ちゃんと押し入れにしまえと怒られるが、たたむだけで部屋の隅に。パジャマもたたみ終えて布団の上に置くと、携帯電話の横に置いていた財布とハンカチをポケットに入れ、高校入学時に祖父母に買ってもらったお気に入りの腕時計を左手首に巻く。そのちょっと大きめの腕時計を確認すると、ほぼいつも通りの時間。
 教科書類の用意は前夜に済ませておく方だから、持っていくものの準備はできている。彼女は携帯電話をマナーモードにして学生カバンの中に放ると、そのカバンを持ってゆっくりと部屋を出た。



 食卓では、彼女の父親が少しお行儀悪く、ごはんを食べながら新聞を読んでいた。お茶を飲みながらテレビを眺めていた彼女の母親は、彼女がおはようと言うと、同じ言葉を返してから、熱いお茶をいれてくれた。
 荷物を床に置いて自分の席についた彼女は、母親から受け取った湯飲みを両手で包み込んで、見るともなしにテレビを見る。
 やがて母親が彼女の前に朝食を並べ、彼女はいただきますを言って、お箸を手にとった。食べながら、なんとなくリモコンをとってチャンネルを適当に回す。
 父親と話をしていた母親は何も言ってこなかったが、彼女の方も気分でチャンネルを回すだけだから、特に見たい番組があるわけでもない。結局元のチャンネルに戻すと、彼女はリモコンをテーブルに放った。そんな様子なのだから、母親が注意したくなっても無理もないのかもしれない。
 そんな朝食の時間が終わると、彼女はもう一度トイレに行く。
 快眠、快食、快便。
 今日も朝から健康な彼女だった。
 手を洗うと、食後の歯磨きをする。歯ブラシを手にとって、しゃこしゃこと。上も下も、右も左も、裏も表も、しっかりときれいに磨く。途中途中で舌で歯をさわって、ざらざらしていたり気になるところがないことを確認する。最後にきちんとうがいをして、歯ブラシを洗って洗面所を離れた。
 今日も一日、これから学校だった。



 彼女の学校生活は、客観的に言ってありふれていた。
 家から電車を使って三十分強、本鈴の五分前、予鈴が鳴り終わるようなタイミングで教室に到着すると、クラスメートに挨拶をして席につく。彼女は積極的に自分から馬鹿を言うよりは、どちらかというと横で笑っているようなマイペースなタイプだからか、当り障りのない友達は少なくない。休み時間ごとに何人かの友達と無駄話に興じて、今プレイ中のゲームソフトの話をしたり、あまり実がない話題で盛り上がる。
 男から女になってしまった彼女に対して、良くも悪くも態度が露骨に変わってしまった友達もいるが、それは相手の問題であって、彼女の問題ではない。
 各授業も必要悪的に受け入れて、授業の前後にみなと愚痴を言い合ったりしつつも、毎時間真面目にノートを取る。昼休みも、他人が振ってくるテレビ番組の話題などに付き合ったり、だんだんと近づいてくる受験の話をしたりして過ごし、つつがなく帰りのショートホームルームまで本日の日程を消化した。
 放課後、彼女は基本的にいつも一人での帰宅だが、たまに誘われて遊びに行くこともあれば、同じ中学校出身の二人の友人と一緒に帰ることもある。
 彼女と同じ学年の男子生徒と女子生徒。この学校で、彼女の一番親しい友人たち。
 クラスが違うその二人と、帰りに遭遇する確率は二割三分程度だ。最近前にも増して親密な雰囲気を漂わせているそのカップルは、彼女を見つけると無造作に声をかけてきて、彼女の横に並ぶ。
 ちょっと無口でぶっきらぼうな男子と、ちょっと積極的で賑やかな女子で、もっぱら彼女に話しかけてくるのは女の子の方だ。その子には、今プレイ中の九月下旬に発売されたゲームソフトをクリア後に貸す約束になっていて、せっついてくるのがちょっとうるさい。男友達の方は、せっつかれる友人にご愁傷様という顔をするだけで、援護射撃をしてくれないのだから、多少冷たい友情だった。
 電車に乗って地元に帰ってくると、男の家で受験勉強をするという恋人たちと別れて、彼女は一人で家路につく。
 一人で歩きながら、最初は恋愛やら恋人やら女やら男やらの色々なことを考えていたが、すぐにやりかけのゲームソフトの方に思考が流れていったのは、今の彼女の興味の中心がどこにあるのかを物語っているのかもしれない。夜にゲームをすると母親がうるさいから、プレイ時間は昼の間しかない。最後は少し早足になって、彼女は自宅に到着した。
 彼女はだれもいないと承知しつつ「ただいま」と声を出して中に入り、自分の部屋に戻って、荷物を置いてさっさと着替えにかかった。
 まず財布やハンカチをポケットから取り出し、腕時計を外し、机の上に置く。次いで紺のハイソックスを脱ぐと、ブレザーとベストも脱ぎ、リボンタイもとって布団に放り、ブラウスのボタンを上から順に外しながら、裾をスカートの中から引っ張り出す。ブラウスを脱ぎ捨てて上半身Tシャツ姿になると、スカートのホックを外し、ファスナーも下げて、スカートも脱ぎ捨てる。
 ショーツと半袖のTシャツだけという格好になった彼女は、Tシャツも脱いだ。ブラジャーの上からカジュアルな長袖Tシャツと濃紺のチノパンとを身に付け、脱ぎ捨てた制服をきちんとハンガーにかける。
 靴下やハンカチなどの洗濯物を持って洗面所に行き、それらを洗濯籠に放り込むと、トイレや手洗いうがいを済ませて、台所に向かう。
 冷蔵庫から一リットルパックの牛乳を取り出すと、立ったまま片手で持って、直接口付けで飲む。少しパックを傾けすぎたせいで、胸元につつぅっと白い液体が流れ落ちていき、彼女はちょっと慌てて胸元を押さえた。
 とりあえず濡れた胸元をシャツと手で拭ってごまかすことにして、気がすむまでまた牛乳で喉を潤すと、牛乳を冷蔵庫に戻してお菓子を用意し、居間でテレビとゲームのスイッチをオン。
 それからの二、三時間、彼女はテレビゲームに熱中した。



 五時をまわり、六時をまわり、まず母親が家に帰ってくる。帰ってくるなり、ゲームばっかりしている娘にお小言をぶつけてくるのはいつものことだ。それでも、夜にはちゃんと勉強をするという条件で夕食時まではゲームを許可しているから、母親もぶつぶつ言うだけで、無理矢理ゲームの電源を切ったりはしない。
 母親が洗濯物を整理したり、お風呂の準備をしたり、夕食の準備をしたりと、忙しく動き回っているのを、ほとんど気にもせずに彼女はゲームを続ける。
 六時半頃には、父親も帰ってくる。
 帰ってくると父親はお風呂に行き、父親がお風呂から上がるとすぐ夕食だ。ゲームを止めない娘に母親がちょっと声を荒げて、彼女はしぶしぶゲームを中断して食卓についた。この分ではゲームクリアはいつになるのやらという感じだった。
 父と母と長女と三人での食事は、テレビがつけっぱなしなせいもあって、会話はあまり多くはない。まだ食べ盛りの彼女は三十分とかからずに食事を終えるが、お茶を飲みながら、八時までテレビのバラエティ番組をそれなりに楽しんでから席を立った。
 部屋に戻ると携帯電話を取り上げ、ざっと履歴を確認する。彼女に親密な友達は多くないし、電話での無駄話も好まないから、たまにメールが飛んでくる程度だ。マナーモードを解除すると、充電用のプラグを突き刺して机の上に放った。
 このままおなかいっぱいで寝てしまいたい心理もあるが、その率直すぎる欲求に簡単に負けてはいられない。たまに負けてしまうのはお愛嬌だが、この日は負けなかった。
 いつも通り衣服をその場で脱ぎ捨てて、ブラジャーにショーツ一枚という姿で柔軟体操とストレッチをする。堕落するのは簡単だが、それに抗って、むしろ根性を鍛える。
 腕立て伏せや、背筋運動、腹筋運動などなど、多少鈍りがちな身体に刺激を与えるように、ちょっとした筋トレ。
 決まった回数だけこなすと、一息ついてから、立ち上がる。
 なんとなく意味もなく、筋肉マッチョのボーズを取ってみたりする。腕に力瘤を作って、ムキムキッ、と格好だけつけてみたり。次いでちょっと方向を換えて、それなりに豊かなバストを強調するようなポーズをしてみたり。
 第三者が見れば、滑稽に見えるかもしれない彼女の動きだが、彼女は見られても慌てたりはしないかもしれない。むしろ人のプライベートな時間と空間を覗き見るような相手には、容赦のない軽蔑の眼差しを向けるだろう。
 毎日の運動のおかげで貧弱ではないが、筋肉質とも言えない。が、肉感的と言えそうな身体で、男の逞しさとは無縁なかわりに、女の艶っぽさがある。
 なんだかんだで自分の身体を嫌っていない彼女は、一頻り満足したところで、換えの下着とパジャマを用意して、下着姿でお風呂場に向かった。途中で母親に遭遇するとその格好に文句を言われるが、この日は誰にも会わずに脱衣所に到着した。
 着替えを置くと、洗面所でうがいをしてから、脱衣所の棚からバスタオルとタオルを取り出す。フロントホックのブラジャーを外し、ショーツも脱いで全裸になって、浴室に入る。
 浴槽の蓋をとって、まずお湯をちょっとさわって温度を確かめる。父親が入った後だから少し熱めだが、いつも通り入れないほどではない。彼女は桶にお湯を汲むと、身体にざっとかけてから、湯船に入った。
 ちょっとぼんやりしながら、つらつらと色々なことを考える。
 この後の勉強のことだったり、ゲームのことだったり、マンガのことだったり、恋愛のことだったり。
 身体が温まってきたところで湯船を出て、お風呂用の椅子に座って、鏡の前に陣取る。
 一度桶にお湯を汲んで身体にかけると、まずは女性の剃毛用T字カミソリと専用のクリームを手に取った。T字カミソリをお湯につけると、脇の無駄毛処理のために両手でクリームをよく泡立てて、脇の下にその泡を広げる。
 彼女の脇の下の体毛はかなり薄く、放っておいても目立つほどにはならないのだが、彼女は女の腋毛はなんとなくみっともなく感じる。彼女にとって女の腋毛やすね毛は処理して当然なものだった。学校の女子更衣室で級友の会話をそれとなく聞いたところでは、手足の無駄毛が頻繁に伸びてしまう者もいるようだから、五日に一度お風呂場で脇だけ処理するくらいたいした手間でもない。彼女の二の腕や足は、微かに産毛が生えている程度ですべすべだから、手入れいらずで気楽だった。
 本当は、入浴時は毛穴が開いてしまいやすい状態だから、この場での無駄毛処理は望ましい行為とはいえない。特にカミソリなどを使う場合皮膚を痛めやすい。のだが、面倒だから彼女はあまり気にしていなかった。
 片腕を上げて、真正面の鏡に、泡立てた片脇をさらす。自分の上半身が映っている鏡と実物を直接見比べながら、もう一方の手でT字カミソリを近づけて、指で皮膚を引っ張ってできるだけ平らになるようにして、ゆっくりと優しく動かす。
 丁寧に片方を処理をすると、手の平で撫でて剃り残しを確かめてから、お湯で流す。もう一方も同じ手順を繰り返すと、彼女はT字カミソリを洗って無駄毛処理を終えた。
 無駄毛処理の後は、洗顔とシャンプーとリンスまですませ、頭を振って濡れた髪の水気を払う。両手でかきあげて一度オールバック気味にして、今度は身体を洗いにかかる。
 お風呂用のボディタオルと石鹸を手にとって、両方を一度湿らせると、胸の中央に押し付けるようにして泡立てていく。タオルがしっかりと泡立ったところで石鹸を置き、そのまま胸にタオルを滑らせる。真ん中、左、右と動いて、何度も行きつ戻りつしながら、バストの影になる部分も丁寧に。寄り道もしながらお腹の方へ下降し、ウエスト部分から左脇にそれると、今度は上昇して、脇の下を洗い、左肩、左腕へ。
 どんどん泡まみれになりながら反対側も洗うと、肩や首まわり、背中、お尻の上の方も洗って、タオルを前へ。淡く毛が生えている下腹部を泡立たせて、女の大事な部分は特に念入りに洗っておく。ボディタオルを直接当てると刺激が強すぎる部分は、手を使って丹念に洗う。
 太ももの付け根や股関節部分も洗うと、太ももの内側から外側、裏側へとタオルを動かす。太ももの後は、少し身をかがめて、左右交互に膝と膝裏、ふくらはぎとすね、足首まで。
 ここで一転して、足首から先を洗う前に、お尻を洗いにかかる。腰を浮かせて、お尻の右側と左側、そして真ん中。ちゃんと丁寧に洗うと、足に戻って、最後に足の甲に足の指先、指の間、足の裏まで左右洗って終了だった。
 タオルを置くと桶のお湯で手の泡を落とし、桶にお湯を汲みなおして、身体に何回かに分けてお湯をかけてゆく。首の裏など泡が残らないように全身にお湯を浴びると、ボディタオルを洗って専用の置き場にひっかけて、彼女はまた湯船に入りなおした。
 湯船のお湯が少なくなっていたから、ちょっと熱めのお湯を出し、彼女は湯船に肩までつかる。
 傍から見るとぼんやりとしているような顔で、彼女は虚空を見つめる。「極楽極楽……」と年よりじみた台詞は出さないが、いつそう言いだしても不思議ではないような表情だった。
 多少ふやけそうになるくらいまでお風呂でのんびりしてから、彼女は湯船から出て、最後は頭から冷たいシャワーを浴びる。最初の一撃につい情けない声が出そうになるのはいつものことだった。
 冷水で身体を引き締めて、シャワーを止めると、頭をぶんぶんを振って水気を払いながら、彼女は浴室を出た。
 脱衣所でバスタオルを取ると、まずはたたんだままのバスタオルを顔に当てる。ぽんぽんと軽く叩くようにすると、次は頭の上に乗せて、髪の水気も吸い取る。
 バスタオルを半分だけ広げた状態にすると、胸に押し当て、乳房を持ち上げるように下からもタオルを押し当て、お腹に押し当て、下腹部にまで押し当てて、順にタオルに水気を吸収させる。改めてバスタオルを広げて、濡れっぱなしの身体に肩からバスタオルを羽織るように、両手で引っ張るようにして肩と背中に押し当てた。
 首まわり、肩、腕、胸、脇の下、背中の水気をふき取っていくと、そのままバスタオルを下げてお腹も拭い、腰に巻くようにして、お尻や下腹部や股間をもう一度丹念に。上体を折り曲げるようにして、股関節や太ももの内側もバスタオルで撫でて、太ももから下へと滑らせる。
 一通り拭ったところで、バスタオルを腰に巻きなおすと、彼女は別のタオルを取って、改めて髪に当てた。ちょっと乱暴に押し当てるようにかき混ぜて、そのまま頭にタオルを巻いて、着替えに取り掛かった。
 バスタオルを解いて脱衣所のバスタオルかけにかけて、用意していた白と薄緑のストライプのショーツを広げて足を通してはく。ショーツがお尻に少し食い込んでしまったから、手をお尻に回してショーツの裾を指で引っ張って、軽くはき心地を整える。
 ショーツとおそろいのブラジャーを手に取ると、正面からストラップに腕を通し肩に引っ掛けて、少し前かがみ気味にカップに乳房をおさめ、両手を背中に回してホックをとめる。ストラップを少し手でいじると、カップの中に片方ずつ手を入れて、胸のおさまり具合を少し調節。
 まだ寝ないが昨夜と同じスウェットパジャマのズボンと、セットの長袖のスウェットシャツも着込むと、タオルでまた髪の水気をとりながら彼女は脱衣所を出た。



 夜はまだまだ長い。
 彼女は台所に行くとジュースを飲んで、居間の両親と一言二言会話を交わして、部屋に戻った。
 やはりここでもまただらだらと遊んでいたい誘惑にかられるが、受験や先のことを考えると、彼女は自分が何をするのがよりベターなのか、自分でもよくわかっていた。勉強をサボっていることを母親に知られると、夕方のゲームですら禁止になる可能性もあった。
 手櫛で髪を整え、ちょっと肌寒くなりそうだったからカーディガンを羽織ると、彼女はある種の諦念を持って、机に向かって予習と受験勉強に取りかかった。
 途中ネットのお気に入りのサイト巡りなどしたい誘惑に襲われつつも、黙々と作業をすすめ、十時前になってから、彼女は一度勉強を中断して洗面所に行く。
 トイレに立ち寄り、手を洗ってタオルを洗濯籠に放り、ヘアブラシで髪を軽く整える。また居間に向かうと、テレビを見ていた母親が「休憩?」と問いかけてくる。言外に「勉強はしっかりやってるの?」と含みを持たせているような母親の問いかけだが、彼女が肯定の返事をすると、母親は「今日はキウイがあるわよ」とちょっと甘い顔になる。彼女がコーヒーを頼むと、母親は手馴れた仕草でコーヒーをいれにいってくれた。
 母親と一緒にテレビを見ていた父親が、「明日は降水確率50%みたいだぞ」と天気の話題を持ち出してきたから、普通に返事をして、彼女も一緒にテレビを眺める。
 特に会話の応酬をするでもなく父娘でのんびりしているうちに、母親がコーヒーと果物を持ってくる。彼女は礼を言ってそれを持って部屋に戻った。
 それからさらに二時間ほど、みっちりと勉強をして過ごす。途中ダラダラした気分になったりもし、最後の方は煮詰まって悶々としてきたりしたが、なんとか予定のところまで勉強を進める。
 終わった頃には、もう十二時近くだ。彼女は後片付けをすると、汚れた食器を台所に運んで、洗面所で歯磨きをした。
 たたんであった自分の洗濯物を持って部屋に戻ってくると、やっとやるべきことから開放されている時間。
 夜更かしは明日に差し障りがあるとわかっているが、この日は少しムラムラとしていた。三日に一度は、こういう日がある。
 とりあえず洗濯物をしまい、明日の教科書の用意をする。明日は体育があるから、体育服――長袖トレーナーと長ズボンとスパッツ――と着替えのTシャツも用意して、タオルなどと一緒にバッグに放り込む。朝の着替えも準備して布団を敷くと、一度カーディガンとパジャマの上着を脱いだ。片手を背に回してブラジャーを外し、明日の着替えと一緒に置いて、素肌の上からパジャマを着なおす。
 ちょっと身体がゆったりとしたところで、ノートパソコンを布団の上に置いて寝転がった。
 ゆっくりと、お気に入りのサイトを順に巡る。友達が面白そうだと言っていたゲームソフトの情報などを見て、面白そうだけど買うほどでもなさそうだからまた借りよう、などと勝手に予定をたてたりする。
 そういう情報系のサイトの後は、照れも気負いもなく、十八禁のえっち系サイトを一巡り。どちらかというと、動画や文章よりは、画像系のサイトが彼女のお気に入りだった。
 見ていくうちに、予定通りだんだんとそんな気分になってくる。
 彼女は興奮を抑えながら一通りサイトを見終えると、パソコンの電源を落として、机の上に戻した。部屋の電気を消し、目覚し時計をセットして布団に横になると、布団の上のティッシュボックスを手元に持ってくる。
 毛布を被ると、毛布の中でごそごそと。まずはそっとパジャマの上から、自分の胸のふくらみに手を当てる。
 誰にも知られることのない、彼女だけのひそやかな時間。
 先ほどまで見ていた画像が、独自の妄想と合わさって脳裏を駆け巡る中、彼女は自分を慰めるように、自分に触れる。
 こういう時は彼女も、「恋人が欲しいな……」と、ついついいつもそう思う。が、今の彼女はまだ、ピンとくる相手に出会っていない。
 しばらくの間、真っ暗な室内で、彼女の呼吸の音と、かすかな布ずれの音だけが響く。
 ゆっくりと時は流れ、やがてかすかな声と共に動きを止めた彼女は、脱力したように大きな吐息をもらした。
 肉体的快感と、少しの虚しさと、ちょっとの人恋しさと。
 ぐったりと横になると、頭の中を色々なことが勝手に浮かんでは消えていく。
 将来のことや受験のこと、ゲームソフトのことやマンガやテレビのこと。
 そしていつか出会う、もしかしたらもう出会っているかもしれない、未来の恋人のこと。
 全身の力が抜けてしまったような気分のまま、彼女はなんとか後始末をして着衣を整えると、色々なことをつらつらと思いながら、さざなみのように押し寄せてくる睡魔に身をゆだねた。








おしまい。 

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初稿 2005/09/09
更新 2014/09/15