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Boy's Emotion -AFTER STORY-

  Taika Yamani. 

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  その二
   二 「試食」


 賑やかな写真撮影が終わると、みなエプロンを脱いで制服姿に戻って、冷めないうちに試食会へとなだれ込む。
 「あ、すごい」
 それぞれ班ごとに席について、みんなでいただきますを言った後。できたての茄子の天ぷらを、手作りの天つゆにつけてさっそく食べたほのかは、少し驚いたように口を動かした。
 「ほんとに美味しい。ころもさくさくしてる」
 ほのかのこの発言と態度は、しっかりと貴子の腕前を疑っていたという事実も示しているが、横でドキドキしていた貴子にとっては些細なことだった。無意識に不安混じりだった表情はぱっと明るくなり、貴子はちょっと照れてしまって視線を逸らした。
 「レシピ通り、作っただけだよ」
 「レシピ通りで美味しくできれば充分すごいよ」
 貴子はますます照れながらも、お世辞でも褒められるのは嬉しくて、微かに頬を緩ませて、素直に小さく頷く。
 他の部員たちも口々に感想を言う中、まだ三つ編みのままのほのかは満面の笑みになって、食事を楽しむモードに移行した。
 「貴子も食べよっ」
 「う、うん」
 「あ、これ、ぼくが作った奴だよ」
 ほのかは目印でもつけていたのか、一口サイズの茄子ピザを、ひょいと人差し指と親指で持ち上げた。作ったといっても、ほのかがやったのは茄子を切ったり、出来合いの生地の上に茄子やチーズを乗せたりしただけなのだが、一応確かに、ほのかの手が他の料理よりも入っている。ほのかはにこやかな笑顔で、ピザを貴子の口元に運んだ。
 「貴子、はい、あーん」
 「…………」
 「ほら、あーんして?」
 「……え?」
 「あーん!」
 ほのかとしては、この状況では欠かせないお約束な行動なのだろうか。
 まわりでは、部員たちが笑ったり、うわぁという顔ををしたり羨ましそうな目をしたり、あかりが「もう知りません」という顔で横を向いたりしている。
 貴子の頬も、いつのまにか上気して桃色に染まった。
 貴子は、ここで変な意地を張って拒絶したりするような、そんな可愛げのある性格ではない。羞恥よりもやってみたいという心理が強く、自分の素直な気持ちに正直だった。
 「……あーん……」
 貴子はほとんど聞こえないような、か細い声でそう言い、ほのかは笑って、小さく開いた貴子の口の中にピザを放り込んだ。
 一口サイズと言っても、今の貴子にはちょっと大きめで、口の中がいっぱいになる。ほのかはピザから指を放すと、貴子の上唇についたチーズを指で撫で取って、手を戻した。唇まで撫でられて身体を震わせた貴子は、頬を赤らめたまま、とっさに口を隠すように片手を動かす。
 「美味し?」
 「ん……」
 まだろくに味わっていないからその質問は早すぎだが、貴子は口がいっぱいでしゃべらずに、頷きでほのかに応じる。ほのかはそんな貴子を笑って、チロっと自分の指先を舐めた。
 「…………」
 とっさに貴子の脳裏に、「間接キス」という単語が思い浮かぶ。ほのかとしては何気ない動作なのかもしれないが、貴子の鼓動は大きく高鳴った。すでに直接何度かしているから、いまさらなはずだが、どきどきが止まらない。
 嬉しそうに横から眺めてくるほのかの視線も、いっそう貴子の頬を熱くする。食べる姿をじっと見られることへの羞恥も湧き上がってきて、なぜかほのかとのキスの感触まで思い出して、彼女の艶やかな唇を意識してしまって、貴子は彼女から視線を逸らした。
 「一口サイズなら、もうちょっと小さい方がいいね」
 「……ん」
 ほのかがふってくる言葉に、貴子はまた頷きだけで応じて、もぐもぐと口を動かして、ピザを噛んで少しずつ呑み込む。半分ほど呑みこんで、口の中が多少落ち着いたところで、手を口から離し、さらに口をもぐもぐと動かす。
 「貴子も、ぼくにちょうだい?」
 笑顔のほのかは、貴子がピザを呑み込んだのを見計らって、ピザの一つを指し示すようにしながら、貴子の腕を軽く引っ張った。
 「あーん」
 ほのかは笑って、大きく口を開けてみせる。
 無防備に、貴子に口をさらすほのか。
 貴子からは、ほのかの口の中の並びのいいきれいな白い歯や、ピンク色の小さな舌がはっきりと見えた。
 子供っぽいとも言えるが、今の貴子は、そういうほのかを無条件で可愛いと思ってしまう。抱きしめたりキスをしたい衝動にも襲われる。
 が、さすがになんとか自制した。ぎこちなく、もうドキドキしまくりながら、貴子は左手のお箸で器用にピザをつまんだ。とろりとしたチーズなどがこぼれてもいいように右手をお箸の下にそえて、貴子はそっと、ピザを恋人の口元に運ぶ。
 ほのかは嬉しそうに目を細めて、最後は自分から顔を動かしてきた。近付いてきたピザにぱくりと食いつく。
 ほのかの口にも、ピザは少し大きめだった。
 貴子のお箸ごとピザを口の中に入れて、ほのかはちょっと頬をいっぱいにしながら、お箸を唇で挟んで、顔を引く。
 「貴子が食べさせた」と言うよりは、「貴子が食べさせようとしたのをほのかが勝手に食べた」と言った方が正しいほのかの行動だが、貴子にしてみればどちらも似たようなものだった。お箸を引いたものの、ドキドキしっぱなしな顔で、ほのかを見つめる。
 ほのかは少しお行儀が悪いことに、すべて呑み込まないうちに、口の中にものを入れたまま笑って言葉を紡いだ。
 「こうやって食べると、どんなのでも美味く感じちゃいそうだね」
 「う、うん……。味見に、ならないね」
 「あは、でも、貴子、ダメだよ、食べさせる方もあーんって言わなきゃ」
 「ん……」
 貴子はどう応じていいのかわからずに、なんとなく視線を泳がせたが、ほのかの目には可愛くしか見えないらしい。ほのかは明るく笑うと、お箸を手にとって、今度は茄子の天ぷらをつまんだ。
 「じゃ、次はぼくの番ね。はい、貴子、あーんして」
 「え、えっと」
 「あーん!」
 「…………」
 味見にならないと言ったのに、ほのかは全然気にした様子がなかった。
 貴子は欲求に負けて、ほのか以外には聞き取れないような小声であーんと言って、素直に小さな口を開いた。ほのかは嬉しそうにくすくす笑って、貴子のその口の中に、お箸の先端ごと天ぷらをつっこむ。
 天ぷらも一口サイズというには今の貴子には少し大きいから、貴子の口はいっぱいになる。
 ほのかがゆっくりとお箸を引くと、貴子はまた手で口を覆って動きを隠した。
 「あ、天つゆつけるの忘れた。味、大丈夫?」
 またほのかは聞くのが早い。
 今度はさっきの質問と少し違うから、貴子は即答せずに、少し味わってから、小さく頷いた。茄子の独特の風味や食感が嫌いな人には受け入れ難い味かもしれないが、好きな人にはたまらないであろう味だった。素材にいいものを使っているのも大きいのだろう、かえってつゆ抜きな分、サクサクした天ぷらの衣が包み込んでいる茄子の自然な旨味が感じられた。
 「えー、つゆ抜きでよく平気だね」
 ほのかはお箸を天ぷらに伸ばすと、一個つまんで、天つゆをつけずに、半分だけかじる。
 「……天ぷらと茄子の味しかしない」
 もぐもぐと食べた後、少し眉をひそめて、ほのかは言う。ある意味当たり前のことを言うほのかに、貴子はちょっとだけ笑ってしまった。
 「あ、貴子、なんで笑うのー?」
 「あ……、茄子の天ぷらから、鳥の唐揚げの味とかしたら、そっちの方が変だから」
 まだちょっと緊張混じりで頬は赤らんでいるが、つまらない冗談を言う貴子の顔は、しっかりと笑みの形に緩んでいた。
 その甘い表情に、ほのかの鼓動もさっきから何度も高鳴っていることに、貴子は気付かない。ほのかはちょっと照れたような態度で、食べかけの天ぷらに、小皿の中の天つゆをつけた。
 「今度は天つゆの味見もしないとね」
 「うん、そうだね」
 「じゃ、貴子、あーんして?」
 お箸でつまんだままの天ぷらを、ほのかは無造作に貴子に差し出した。
 「……え?」
 「ほら、あーん」
 「え、でもそれ、脇坂さんの食べかけ……」
 「あーん!」
 目の縁をほんのりと赤くしたほのかは、にこにこと笑顔で、貴子の口の前に食べかけの天ぷらを押し付けてくる。そんなほのかに貴子が勝てるはずがなく、そして例によってそれが嫌なはずもなく、貴子はまた口を開いた。
 ほのかが貴子の口の中にお箸ごと天ぷらを突っ込み、貴子は口を閉じてそれを確保する。ちょっと天つゆのつけすぎで味が濃かったが、貴子はそれを冷静に賞味する余裕はなかった。
 ほのかもそんな貴子を観察する余裕はなかった。
 今になって恥ずかしさを感じたのか、それとも人前なのにやりすぎだと自覚したのか。ちょっと頬を赤くしたまま、お箸で他の料理をつまんで食べる。
 「あ、間接キスだ」
 というほのかの呟きも、いまさらすぎだった。二度も貴子の口の中に入ったお箸を、ほのかは料理と一緒に口の中でちろっと舐めたりしていたが、貴子は全く気付いていなかった。
 二人とも、口をもぐもぐさせて、数秒の沈黙が生まれる。
 そんな二人に、外野は口出しを控えていたが、ひそひそとした小声が激しく飛び交っていた。
 「少しは、世間体とか周囲の目とか気にならないのかしら?」「こんな人前で、今時マンガでもそこまで露骨にしないですよね……」「でもここまで堂々とされると、いっそ感心したくもなるわね」「さすがに、なんかもう見てらんないけどね……」「穂積先輩、いいなぁ……」などなどと、中には悶絶しかかっていたものもいたらしい。
 「ほんとに、かなえには間違っても見せられませんね……」という部長の福山あかりの呟きは、だれの耳にも届かない。「ほのかも、もう少し、わたしたちのことも考えてくれてもいいのに……」というあかりの思いも、ほのかには届かない。
 ほのかと貴子は、ほとんど同時に口の中のものを呑み込んだ。貴子より食べるのが早いらしいほのかは、食べている間に気を取り直したのか、懲りずに笑顔を貴子に向ける。
 「次は貴子がぼくにする番だね」
 「…………」
 貴子はほのかのその笑顔に、もう息がとまりそうだった。嬉しいに決まっているが、感情がいっぱいいっぱいで、どうにかなってしまう。もうちょっと余裕がないと、一口食べるたびにあたふたしていたら、食事も全然進まない。
 「えと、脇坂さん、食べさせるのは、もう、やめにしない……?」
 「え、貴子、嫌だった?」
 「い、嫌なわけはないよ……!」
 「じゃあいいでしょ。もっとしよう」
 「で、でも……。せめて、食べさせる、のは、一日に一回に、しない?」
 笑顔でつめよっていたほのかは、少し目をぱちくりさせて、首を斜めにした。
 「それって、もしかして毎日やりたいってこと?」
 「…………」
 「…………」
 「……え?」
 「だって、一日一回、なんでしょ?」
 「…………」
 「…………」
 「あ、ぅ……」
 貴子はさっと目を逸らしたが、否定の言葉はでてこない上に、その視線は思いっきり泳いだ。
 ほのかはちょっと吹き出すように笑った。
 「あは! わかったよ、じゃ、今日はこれで最後ね! 貴子がぼくにちょうだい」
 「う、うん……」
 「今度はサラダがいいな」
 ほのかに指定されて、貴子は「焼き茄子と生野菜のサラダ」の方にお箸を伸ばす。本来は茄子も冷まして冷サラダになるレシピなのだが、時間の都合もあって茄子は冷め切っていない。減点材料と言えなくもないが、熱い焼き茄子と生野菜という組み合わせも趣がある。貴子は斜め輪切りにされた茄子を、適度にお手製ドレッシングがからんだ野菜を挟むようにして、お箸でつまんだ。
 チラッとほのかの方を見ると、彼女は何かを期待しているような目で貴子を見つめたまま、口を閉ざしていた。
 貴子は、彼女が何を求めているのかを察して、また頬を少し上気させた。右手を下にそえて、左手のお箸をほのかの口元に運ぶ。
 「……ぁ、あーん、して……?」
 「あは、あーん!」
 本当に嬉しそうに楽しそうに口を開くほのかに、貴子も気分が高揚する。
 その貴子の脳裏に、不意に、貴子としてはかなり珍しいひらめきが走った。あまりにも感情が高揚しすぎたせいなのだろうか。それとも、さんざん弄ばれっぱなしで、ちょっとは反撃したいという無意識が作用したのだろうか。
 貴子はその急な衝動に負けた。
 お箸をほのかの口ぎりぎりまで運んで、ほのかが自分から口を前に動かそうとする気配を感じて、貴子はお箸をひょいと方向転換した。
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 え? という顔になるほのかをよそに、貴子はそのままお箸を自分の口元に運び、自分で食べる。
 まさか貴子がそんな行動に出ると思わなかったのか、ほのかは口を大きく空けたちょっとお間抜けな姿勢のまま、きょとんとしていた。貴子は自分の顔が真っ赤なのを自覚しながら、もぐもぐと口を動かす。
 「わー、貴子ぉ!」
 数瞬の自失の後、当然のごとくほのかは騒ぎだした。
 「なんで自分で食べてるのぉ! ぼくの分でしょぉ!」
 この言葉が怒りとともに発せられたら、貴子はとたんに慌てただろうが、ほのかは笑ってくれていた。大げさに、だが楽しげに、ほのかは貴子の耳を引っ張る。その攻撃に身を竦めながら、貴子は口の中にものを入れたまま、つい頬を緩めた。
 片手で口を隠して、貴子も、ごめん、と笑う。
 「やっぱり貴子の方がお子ちゃまだよ!」
 「うん、そうなのかも……」
 否定せずに、貴子は口の中のものを食べながら、微かに笑って言い返す。ほのかはわざと怒ろうとしたようだが、吹き出すように笑いだした。
 「そうなのかもじゃないよ、もう! 貴子がそんなおちゃめさんだなんて知らなかった!」
 「脇坂さんが、恥ずかしいことばっかりさせるから」
 「平気で恥ずかしいことする貴子が悪いんだよ!」
 『二人とも同罪だと思います』という部員たちの心の中の激しいつっこみは、笑っている二人には届かない。
 副部長さんが「さすがにそろそろ邪魔した方が精神衛生上いい気がするわね」と笑うが、逆に「このままほっとくとどこまでいくか見てみたくないです?」との声も飛ぶ。「ほのかちゃんと貴子さんって、見てる方が恥ずかしくなるくらい、仲がいいのね」と笑ってコメントしたのは前部長さんで、現部長のあかりは少し呆れたように、同時にどこか少し寂しそうに、「あんなほのか、初めて見ます」と、そう応じる。
 そんなみなの視線を意に介した風もなく、ほのかは改めて貴子に催促をし、貴子は今度は素直に、恋人の口に食べ物を運んでいた。少し照れが入っているようだが、部員たちの目には、二人とも物凄く楽しそうに嬉しそうに見える。
 「わたしも、今度、連れてこようかなぁ……」
 二年生の一人が、かなり羨ましそうに、ポツリと呟いた。
 「え? 連れてくるって、カレシ? あんたもあれやりたいの?」
 「はは、あの二人なら変に似合ってるけど、むっちゃはずいと思うよ、あれ」
 「うん、二人きりなら違うかもだけど、男にとっては拷問に近いかもね」
 「でも先輩、人目気にしないでああゆうことやってくれる彼氏って、憧れませんか?」
 「見てる方はやってらんないけどね」
 「はは、独り者にはちょっときついわよね」
 「男子って、なんであんなに人目気にするんでしょうね。わたしのカレシなんて、デートでも手も繋いでくれないんですよ。そのくせ、二人きりになるとすぐさわろうとするし……」
 「それ、のろけてるの?」
 「普段から女にデレデレしてる男ってみっともなくない?」
 「うん、なんかヤだよね。わたしも男らしい人の方がいいな」
 「えー、街角キスとかって、わたしは憧れるなぁ」
 「人前でキスはやりすぎでしょう」
 「映画みたいにカッコいいキスならいいけど、人前でべたべたしてたらただのバカップルよね」
 「ほのか先輩たちみたいな?」
 「はは、あれはもう、バカップルを通り越して、どうしようもないって感じ?」
 「脇坂先輩って、カッコよく恋愛するタイプと思ってたのに、イチャイチャする人だったんですね……」
 「穂積さんも、なんかオールオッケイって感じだしなぁ」
 「そうよ、脇坂さんより、穂積さんの方が意外よ」
 「まったくね、あの穂積くんが、あんなになっちゃうなんて……」
 「くぅ、やっぱり穂積くんが女になったのって、もったいなさすぎるなぁ」
 「男のままでもああだったのかしら?」
 さっきからずっとイチャイチャしているできたてのカップルを肴にしながら、調理部の試食会は賑やかに進む。「貴子さんって、前はどうだったの?」という前部長さんの言葉に、二年生を中心に、多少意見が飛び交う。
 あまり目立っていなかった「貴之」だが、ルックスは悪くなかったせいもあってか、一年時の同級生を中心に、表面的な印象を覚えている人間もいるらしい。よく言うと「クールで落ち着いて物静か」、悪く言うと「無愛想で地味で暗い」。それが今では、「大人しそうでいながら、好きな人の前では一生懸命で、簡単に取り乱したりする、一途で可愛い女の子」。あくまでも、調理部員たちそれぞれの勝手な主観的な意見だが、貴子本人がそれを聞けばさぞかし情けなく複雑な思いをしただろう。
 「でも、ほのか先輩をただの男になんか取られたくないから、穂積先輩でよかったかも……」
 「えー、それ逆だよ。元男を選ぶくらいなら、わたしだって……!」
 「そうよ、脇坂先輩、どうして……」
 「はは、それはそれでどうなの?」
 「まあねぇ、ちょっとあそこまでいくと、元男って思うとアレかもねー」
 「でも、穂積さんって、あんまり元男って感じしないよね。脇坂さんの方が、まだ男の子っぽい雰囲気あるかも?」
 「あ、それはあるかも」
 「もともとほのかちゃんも、女女したタイプじゃないものね。二人とも女としてはこれからってことかな?」
 「だからって、穂積先輩とほのか先輩まで元男って言われても、全然ピンとこないですけどねっ」
 人目を気にせずにイチャイチャする見目麗しい少女同士のカップルを眺めながら、調理部の部員たちは好き勝手言いたい放題言って盛り上がっていた。



 試食の序盤はそんな無駄話に花が咲いていたが、さすがに中盤にさしかかると、部長のあかりがちゃんと味も評価するように注意を促した。貴子とほのかも二人だけの世界から抜け出して、自分たちの班が作ったものだけではなく、他の班が作ったものも試食して、あれやこれやと感想を述べあう。
 班によって差はあったが、貴子が事前に想像していたよりも、全体的に完成品のレベルは高かった。あらを探せばいくらでも見付かるし、改善できそうな部分も多かったが、高校生の部活動としては及第点と言える。貴子の好みで言えば、浅漬けなどは味が濃いと感じたし、麻婆茄子もちょっと辛すぎたが、ご飯のおかずとして考えれば許容範囲だ。量的にも、以前の「貴之」なら物足りなさを感じたかもしれないが、今は身体に比例して食べる量も減っているから充分だった。お米は少量しか用意されていなかったが、普段の夕食の時間にはまだ早いせいもあって、しっかりとお腹も膨れた。
 もっとも、貴子がそう感じたのは、単に、胸もいっぱいだったせいかもしれないが。
 貴子の恋人は、野菜全般が嫌いと言っていたわりには、後輩などに「食べてみてください」などとドキドキした顔で頼まれると、きちんと味見をしていた。嫌いは嫌いでも、食べたくないほど嫌というわけではないらしい。食べるの専門、と自分で言うだけあって、腕はともかく舌の方は確かなようで、「秋茄子に人権はないんだよ?」などと時々わけのわからない発言を織り交ぜながらも、なかなか的を射た意見を言っていた。
 舌は幼少期から高品質な料理を広範に食べることで鍛えられていく部分もあるから、ほのかは家では比較的いいものを食べているのかもしれない。母親のおかげで自分もそれなりに鍛えられている貴子が、それとなく問いかけると、ほのかは「おばあちゃんはすごく料理うまいし、お父さんたちも、今はあんまり会えないからね。会うと美味しいお店に連れてってくれるよ」と笑って答えてくれた。
 また一つ恋人の情報を入手した貴子だが、『脇坂さんとのデートは下手なとこに連れて行けないな』とか、『いっそ家に呼んで、手料理を振る舞った方が喜んでくれるかも』『母さんがいない時を狙えば、二人きりになれるし……』『脇坂さんの家の家庭の味ってどんなだろ。脇坂さんのおばあちゃんに勝てるかな……』などなどと考えてしまうのだから、相変わらず思考は少し先走っていた。
 終盤になると、ほのかはまたカメラを取り出して、料理を食べる最中の貴子の姿を激写する。食後には、ほのかに腕を組まれてツーショット写真まで撮られて、貴子ははにかんだような赤い顔まで記録に残されてしまった。これらの写真は、ほのかが貴子の母親とやりあう際の小道具になったりするのだが、それはまだしばらく先の話だ。
 試食が終わると、意見交換をしながらお茶を飲み、忘れないうちに感想も書いて次回への課題点も列挙して、帰るのが遅くなる前に後片付けに取りかかる。
 貴子はまだ緊張混じりだが、時々笑みもこぼれるようになって、昨日よりも朝よりも、また一歩、ほのかとの距離を縮めていた。調理部での時間も、自分の得意分野というアドバンテージも大きかったのだろう、女子だらけで居心地が悪い部分もあったが、恋人と一緒に何かをするというのは、貴子が想像していた以上に、充実した楽しい時間になった。
 ……部活終了後、駅前でほのかと別れてから、急激に羞恥と情けなさに襲われたりすることになるのだが、これはもう自業自得としか言い様がない。








 concluded. 

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初稿 2008/05/06
更新 2008/05/06