Boy's Emotion
Taika Yamani.
第四話 「恋愛」
一 「母と子」
時間は少しさかのぼる。
一年以上片想いをし続けてきた相手、同級生の脇坂ほのかに告白されたその日、穂積貴子は午後七時前に自宅に帰ってきた。
もっと早い時間なら、マンションの外で子供が遊んでいることもあるが、さすがにこの時間になると遊んでいる子供はいない。オートロックの自動ドアを開けて中に入った貴子は、郵便受けを確認して階段で三階に上がった。
無人と承知しつつただいまを言って三階の我が家に入ると、貴子は電気をつけてスリッパを履いて廊下を歩き、すぐ傍の自室前にバッグを放ってダイニングキッチンに向かう。真っ暗なダイニングの電気もつけると、テーブルに郵便物を置いて、いつもの習慣で制服姿のまま冷蔵庫を開ける。
そして、ここでようやく帰りの買い物をすっぽかしたことに今ごろ気付いて、貴子は思わずため息をついてしまった。
いくらこの日の出来事が夢のようであっても、日常がおろそかになるようでは本当に重症である。だが割り切ろうとしてもそう簡単に割り切れるはずがなく、思考は勝手に四方八方に飛び回ってしまう。
好きだと言ってくれた好きな女の子の一挙一動を思い出しては、嬉しくなったり、いてもたってもいられなくなったり、不安にかられたり。自分のとった言動に、恥ずかしくなったり情けなくなったり、落ち込んだり自己嫌悪にかられたり。これで女ではなく男のままならと、どうしても思ってしまって鬱っぽい気分になったり。
明日からのことを思えば、まだ半日は先のことなのに緊張してしまいそうになるし、冷静には程遠かった。
それでもなんとか、今あるものだけで夕食の献立を考えながら、貴子は日常をこなす。まずは洗面所に向かい、立ったまま靴下を脱いでハンカチと一緒に洗濯籠に放り、手洗いやうがいなどをすませて部屋に戻る。
スクールバッグを机の傍に置くと、スカートのポケットから携帯電話や財布などを取り出して、制服の着替えに取りかかる。備え付けのクローゼットから薄手の長袖Tシャツとデニムのパンツを用意し、どこか人形めいた無表情で淡々とオーバーブラウスを脱ぎ、チェックのプリーツスカートも脱ぎ、中に着ていた肌着代わりのTシャツと短パンも脱ぐ。脱ぎ終わると、ハーフトップのブラジャーとボーイズレングスのショーツという下着の上から、用意したカジュアルな上下を手早く着込む。脱いだスカートはクリップ式のハンガーのつるし、同じハンガーにブラウスもかける。
貴子はそれから、男だった時のたまの習慣と同じように、まだ真新しい制服のブラシかけをした。他の男子や女子がどうなのか貴子は知らないが、幼い頃からの母親の影響もあって、制服のブラッシング程度は男だった時からの単純な身だしなみだ。
貴子にとって少し嫌な現実だが、「今の貴子の制服」はボトムだけではなくトップも洗濯に少し手間がかかる。今の貴子は中にいつもTシャツを着るから、汚れが気になることはあまりないが、ブラウスは薄手だから、素肌に直接着込むと特に夏場は汗などで汚れやすい。――それを考えると、貴子が知らないだけで、他の女子もブラウスの中にTシャツなりスリップの類なりを着ているのか、それとも貴子が思うほど汚れないのか、または毎日せっせと洗濯をしているのかどうか――。
貴子は事務的に、だが丁寧に、制服の生地に合わせて、優しく撫でるように洋服ブラシを動かした。
ブラウスの方は、火曜日から木曜日まで三日間着た後に洗濯をして、今二着目の二日目だが、スカートの方はまだ一着目で、今日で五日穿いたところになる。ぱっと見、汚れているようには全然見えないが、貴子としては少し気になる。瞳を暗く揺らして『そろそろ下も洗った方がいいのかな』と少し臭いの確認をしたり無駄に悩んだりしながら、貴子は手早くブラッシングを済ませた。
もろもろ雑用を終えると、素足にスリッパを引っかけて部屋を出る。洗面所の洗濯籠にTシャツなどを放り、思考の渦に溺れながらお風呂や夕食の準備にとりかかる。
高校二年生としては小さくない家事の負担だが、部活をやっていないから、凝った料理を作ろうとしない限り自由時間もそれなりにある。時々嫌になることもあるが、真剣にスポーツに打ち込んでいた中二の頃までならともかく、特にやりたいことがあるわけでもない今は、料理も好きな方だし、手を抜く時は抜くし、貴子本人はあまり気にしていなかった。学校が終わるなり毎日何時間も塾通いの生徒もいるらしいから、そんな彼らと比べればまだ時間の余裕もある。普段口では母親にあれこれ言っているが、一人で自分を育ててくれている母親に、少しでも貢献したいという気持ちもあった。母親の友人には「たーくんってホント、今時の中高生らしくないわよね〜」などとからかわれたこともあるが、そんな「型」にはまる必要性を貴子は感じていない。今日に関しては、こんな状況だから、ある種の現実逃避や気分転換にもなりうる。
その母親は、いつも忙しく残業も多いが、基本的に七時半から八時の間には帰ってくることになっている。遅くなる時は六時半までに電話をすることになっているから、その連絡がないということは、この日は八時までには帰ってくるのだろう。オレンジジュースで喉を潤した貴子は、黄色いエプロンを着けながらリビングのテレビをつけて適当にニュース番組にチャンネルを合わせ、母親の帰宅に合わせるように、ちょっと心ここにあらずという気持ちのまま料理を始めた。
ちなみにこのエプロンは、母親が息子の成長に合わせて買ってきた中の一品で、男だった時から普通に愛用していたものだ。友人の槙原護あたりが見れば「それは男としてどうなんだ?」とニヤニヤつっこんだかもしれないが、その古臭い考えには、以前の「貴之」なら――今の貴子でも――鼻で笑ってすませるだろう。黄色と白の二つの色の配置が鋭角的な幾何学模様のそのエプロンは、以前も自然に似合っていて、それを見越して選んだ親馬鹿な母親は、「タカちゃんはエプロンも似合うカッコいい男の子だから」と喜んでいたものだ。
もっとも、その頃の「貴之」と今とでは印象が違い、今の貴子では可愛く似合う印象になってしまっている。本人はそれを指摘されても冷たい視線を返すだけだろうが、内心は忸怩たるものも感じるかもしれない。ホルターネックストラップ――肩ではなく首に引っ掛けるタイプのストラップ――のエプロンで、貴子の今の身体では、ウエストで適当に蝶結びにされた腰紐はだいぶ余っていた。適当といっても、貴子の性格のせいか結構きちんと整っていて、ヒップラインにかぶさっているのが妙に似合っている。胸から腰、太ももを覆う丈も、以前と比べると相対的に長めで、姿勢のいい貴子の動作に合わせて軽やかに揺れていた。
母親の穂積雪子は、いつも通り八時前には帰ってきた。
すぐに夕食になって、八時半には、普段より静かな食事も終わる。
いつもは母親が食べ終わるなり、お茶を出して後片付けをしたり新聞を読んだりする貴子だが、この日は湯飲みを両手で包み込んだまま、すぐには動かなかった。母親の雪子は、適当にリビングのテレビを眺めながら、そんな我が子をこっそりと観察していた。
長方形のダイニングテーブルの斜め向かいに座っている、ついこの間までは息子だった、雪子の娘。雪子が二十八歳の三月に産んだ子供。
雪子が話しかければ、一見は普段通り付き合ってくれているが、雪子の目に見える娘は明らかにいつもと違う。
どこかぼんやりとして、たまに頬が赤らんだり甘く緩んだり、唐突にほっそりとした指先で唇を撫でたり、ひどく切なげな顔になったり。急にため息をついたり、暗い沈んだ顔をしたり、辛そうになったり。かと思えば、雪子と同じ色彩の瞳を潤ませて心底儚げな表情になったりと、表情の変化が珍しく多彩である。
本人は目の前のことに全然集中できずに、家族の食卓で気を緩めきって、思考の流れに任せて色々なことを考えているだけのつもりなのだが、母親の雪子ですら滅多に見れないような貴子の無防備な百面相で、雪子が気にしたのは当然だった。
「……タカちゃん、何かあった?」
テレビの音がうるさくない程度に広がっている食卓で、雪子がやんわりと切り込んだのは、お茶が半分ほどなくなった頃だった。
「うん? 何かあったの?」
「それはたった今お母さんが言った台詞です」
これもまた珍しく、娘がボケて母親がつっこむ。
貴子は自分が言った台詞を心の中で反芻して、内心ちょっと慌てた。これでもいつも通り振る舞っていたつもりなのだが、母親が何かを感じるほど態度に出ていたのかと思えば、わけのわからない羞恥が込み上げてくる。
が、「何もないよ」と言いたくなったが、それは言えば嘘になる。結果、貴子はとっさに言葉が思い浮かばず、長い沈黙を作ってしまった。
貴子はこういう時馬鹿正直だった。他の誰かにならともかく、母親には嘘がつけないと言ってもいい。ここで長く黙ってしまえば、母親の問いかけを肯定しているも同然で、しかも貴子の態度が揺れたのだから、雪子としては気にするなと言う方が無理だった。
その長い沈黙に、雪子は娘の気持ちを察したつもりになったらしい。
タイミング的に、雪子が聞いていたのより少し早いが、もういつあってもおかしくないという時期にさしかかっている。できるだけ優しい顔を作って、雪子は娘に話しかけた。
「タカちゃん、そんな顔しないで。落ち着かないのはわかるけど、だれだって通る道よ。おめでとう、タカちゃん」
その母の声の優しさに思わず頷きそうになってから、貴子ははっと母親を見返した。
「……なんで、母さんが」
「見ればわかるわ。初めてだもの、ドキドキしちゃうよね。でもタカちゃん、言いづらいのはわかるけど、ちゃんとお母さんに話してくれる約束でしょう?」
「……うん」
「いつ、からなの?」
「……今日の、放課後」
母親と目を合わせずに、貴子は言う。繊細で儚げな表情と声の娘に、雪子はどこまでも優しく語りかける。
「そう、ちゃんと用意はしてたよね? 自分で上手く手当てできた?」
「…………」
用意に手当て。
貴子はその言葉の意味がわからずに、数秒、また沈黙を作った。雪子はその沈黙をさらに誤解して、いっそう優しい声で娘を慰める。
「あ、もしかしてそれで落ち込んでるのね? そんなの気にしなくていいのに。初めてだもの、上手くできなくてもしかたないわ。ね? だから気にしないで、お母さんになんでも話して?」
「……えーっと。母さん」
母親が何を言っているのか理解できずに、貴子はさすがに困惑顔になる。恋人ができた件に気付かれたと思っていたが、母親の発言は何かが違う。
「うん、なぁに?」
やっと娘が自分から話してくれる気になったのかと、雪子はますます優しい顔で、娘を見つめる。
「……何か、勘違いしてない?」
「え? 勘違い?」
「……用意とか手当てとか、何?」
「え?」
娘の言葉に、雪子はきょとんと瞬きをした。
「だって、え?」
「…………」
「…………」
「…………」
「あれぇ?」
片手を頬に当てて、雪子は首を斜めにした。
「タカちゃん、女の子の日になっちゃったんじゃないの?」
「…………」
女の子の日。月経。俗に言う生理。まだ未経験の貴子にとっては、初潮。
「今日の放課後、きちゃったんでしょう? 違うの?」
「違う」
「えー! なんだぁ、お母さんドキドキしたのにぃ!」
さっきまでの優しい女親の顔はどこに行ったのか、雪子はうわーと両手を上にあげた。
「え、あれ、じゃあ放課後ってなんの話?」
話が振り出しに戻った。
貴子はまた口篭もり、雪子は頭の中にハテナマークを無数浮かべつつも、娘に釣られたように、表情を少し引き締める。
「……何か、いやなことがあったの?」
「……そういうわけじゃないけど」
「あ、そう? よかった」
ちょっと様子をうかがうような態度を取った雪子は、娘の言葉にほっと顔を明るくした。
「で、何があったの? お母さんに話せないようなこと?」
「……そういうわけでもないけど」
「えー、気になるよぅ、もったいつけないで教えてよぉ。何がどうしたの?」
「…………」
まだほんの数時間前の出来事に対して、貴子は自分でも現実味はない。
だから恋人ができたことを、いきなり母親に告げるつもりはなかった。かと言って、こんな話になってしまうと、貴子は母親相手に上手くごまかしきる自信もなかった。貴子は迷いながら悩みながら、母親をちょっとだけ見つめた。
「……母さんは」
「うんうん?」
「……一目惚れって、どう思う?」
「ヒトメボレ?」
いきなりそんなこと言われて、とっさに理解し損ねたのか、雪子はそう反芻して押し黙る。そして我が子の言葉をどう解釈したのか、雪子は声を張り上げた。
「え!? タカちゃん誰かに一目惚れしたの!?」
またとんでもない勘違いだった。雪子は心底驚いた声を出したが、貴子も驚いて、思わず無防備な可愛い声で余計なことを口走った。
「なんでそうなるのさ! おれがしたんじゃなくて、されたんだよ」
「え? あ、ああ! なんだぁ、びっくりさせないでよ、もぉ」
心底ほっとしたように、雪子は言う。
「そうよね、タカちゃん可愛いから、一目惚れする人が何人いても不思議じゃないよね。それで、それがどうかしたの? あ!」
ほっとしたかと思えば、また急に雪子は怖い顔になった。
「もしかしてタカちゃん、その男に興味持っちゃったとか!? まだだめよ! お母さん、まだタカちゃんをお嫁に出す心の準備なんてできてないんだから!」
気が早すぎである。貴子はいつもならつっこみを入れるところだが、この時は無意識に母親の発言を流した。どう言えばいいのか悩みながらも、また母親がしでかした勘違いを訂正する。
「……男じゃないよ」
「へ?」
「…………」
「あー! あはは! もしかして、女の子に一目惚れされちゃったの!?」
数瞬の沈黙の後、今度の雪子は、ぱっと楽しげに笑った。
「あは、タカちゃんすごいね! もてもてだね!」
なぜ母親が喜んでいるのか、貴子にはイマイチ理解不能だったが、マイナスの反応を示されなかったのは悪いことではない。ここからがいよいよ本番。貴子は少し躊躇しつつも、繊細な声で真剣に切り出した。
「……母さんは。同性愛って、気にしないんだ?」
「え? 何が?」
「……女の同性愛って、どう思う?」
年頃の娘の口から飛び出すには、親にとっては、少し過激と言える発言かもしれない。
だが貴子にとっては、ということはつまり雪子にとっても、避けて通れない道だった。貴子は母親から、目を逸らさなかった。
自分の身体が男であれ女であれ、貴子は脇坂ほのかという女性が好きだから。
これから先の人生を、彼女と一緒に生きていきたいから。
本人たちの気持ちがどうであれ、肉体的には、貴子とほのかは、女と女。
どんなに鬱屈した思いがあっても、自分の身体が女になっているという現実から、貴子は目を逸らさない。
「えーっと」
真面目な顔の娘の視線に、雪子はまた一瞬わけがわからなそうな顔をしたが、すぐに敏感に状況を理解したらしい。最初は冗談めかそうとしたようだが、我が子の真剣な瞳にもうそれではすまないことに気付いたのか、彼女も少し、表情を引き締めた。
急激に、部屋の空気が変わっていく。
お互いになんの心の準備もないままに、貴子の一生の問題の一つに、二人は触れかけていた。冗談ですますこともできたかもしれないが、貴子はもう逃げるつもりがなくなっていたし、雪子も逃げない。
「……タカちゃん、前に好きな子できたって、言ってたよね」
「…………」
少し脈絡がないようでいて、鋭く核心を付く雪子の指摘。
面と向かって言った記憶はないが、否定しなかった記憶はある。貴子は、だから、小さく頷いた。そしてそれはもう、貴子の現在の状況を推測するだけの情報を、母親に与えたのと同義だった。
「……もしかして、その子に、一目惚れ、されちゃったんだ?」
「……本人は、そう言ってくれた」
「で? タカちゃんは、なんて言ったの?」
「…………」
さすがに、貴子はちょっと言葉につまった。本人に面と向かって好きだと言ったのも少し気恥ずかしいが、母親に言うのも充分気恥ずかしい。できればこれまでの情報で察して欲しいし、態度でも察して欲しかった。
相手が母親だからこそなのだろう、貴子本人は気付いていないが、それはある種の甘えだった。そして普段は甘い母親は、この時はその甘えを許さなかった。
沈黙が長引く。
母親から目を逸らしていた貴子は、覚悟を決めて、母親を見つめた。
雪子はどこか無表情にも近い、真剣な瞳で娘を見つめ返す。
貴子がもう少し大人になっていれば、その母親の瞳の奥の気持ちまで見抜けたかもしれない。だが普段どんなに偉そうなことを言っても、貴子はまだ――もしかしたら一生――母親の前では子供だった。母親がこっそりと、『あぁ、タカちゃんこんな顔も可愛いなぁ。ちょっといじめたくなっちゃうかも』などと、辛さと切なさの中で思っていることなど、想像もできなかった。
「……今も、ずっと好きだって、そう言った」
繊細な澄んだ少女の声で、だが以前と同じ意志の強さを秘めた声で、貴子はまっすぐに言葉を紡ぐ。
「だから、何があったって彼女と付き合うから。……例え母さんが反対しても」
「……同性愛なんかに走ったら、親子の縁を切るって言っても?」
まさかそこまで言われると思っていなかった貴子は、思わず驚いて母親を見返す。
なんだかんだで、貴子は母親を信頼していた。二人きりの家族だという理由もあれば、お互いの性格や相性もあるのだろう。心のどこかで、母親は絶対に自分を見捨てないという自覚のない信頼があった。
その土台を揺るがす状況になっていると、いまさら無意識に察して、貴子は恐怖に近い感情を覚える。だが、怖かったが、自分の気持ちに嘘はつけなかった。母親にも、自分にも、そして好きな相手にも、ここで嘘だけは絶対につきたくなかった。
「……それでも、だよ」
「……家から追い出す、と言っても? もう一生会わないって言っても?」
家から追い出す、のくだりで、貴子は今度は金銭的な問題など一瞬現実的なことも考えたが、やはり首を横には振らない。母親と一生会えなくなると考えると辛くもなるが、この気持ちだけは譲れない。
「それでも、絶対だよ」
雪子は押し黙り、再び、二人の間に、沈黙が広がる。
貴子は気持ちをこめて、真剣な揺るぎのない視線で母親を見つめ。
雪子は、そんな我が子の気持ちを推し量るように、真っ向から娘の瞳を見返す。
『母さんの目をあんなにも見つめたのは、初めてだったかも……』と、後になって貴子が思うような、長い見つめ合い。
先に沈黙を破ったのは母親だった。
言葉ではなく、態度。雪子はカタっと音を立てて椅子を引いて、ゆっくりと立ち上がる。
黙って母親が出て行くと思って、拒絶されたと感じて、貴子は表情を泣きそうに歪めた。
が、すぐに、貴子は全身を硬直させた。
貴子は後ろから、雪子にふわっと抱きしめられていた。
「女の子になっても、やっぱり、タカちゃんはタカちゃんだね……」
優しくあたたかい、母の声。
そのまま雪子は、少し黙る。
親しみ慣れた母親の香りに包み込まれて、貴子の身体から、ゆっくりと力が抜けていく。
そんな我が子の柔らかい身体を抱きしめて、雪子は呟くようなささやくような、切なげな声を出した。
「タカちゃんが幸せになろうとしてるんだもの。お母さんが反対するわけないじゃない……」
「……母さん……」
貴子は数秒前とは別の意味で、涙腺が緩みかける。
が、そのままあたたかく甘い雰囲気にはならなかった。
「あーん! でも、もう! 悔しいなぁ!」
雪子は大げさに大きな声を出すと、華奢な娘の身体を後ろから強く抱きしめた。母親の腕で首が絞まって、「ぅゅ」と、貴子は思わず変な声でうめく。
「タカちゃんにそんなにまで思われてるなんて! タカちゃんってばお母さんより恋人を取るなんて言うし! 親子の縁を切るなんて言ったら、一生会わないなんて言ったら、わたしの方が泣いちゃうんだから!」
そう言う母親の瞳に、本当に涙が浮かびかけていることに、貴子は気付かない。雪子自身が言わせたこととはいえ、貴子は自分の気持ちで精一杯で、自分がどれだけ母親にとってきついことを言ったのか、全然理解していなかった。
「く、くるしぃ……」
「がまんしなさい! タカちゃんの幸せのためならお母さんはなんだってするのよ!? どうして最初から素直に応援してって言ってくれないの! 言ってくれればいくらでも応援するのに! 好きな人のこともずっと教えてくれないし、こんな急に言わなくったっていいじゃない!」
泣きそうな顔を隠すために、雪子はいっそうぎゅっと娘を抱きしめる。さすがに首を締めるのはやめたが、身じろぎする娘を放さない。
「そ、それは……。一目惚れなんて、考えたこともなかったし……」
「タカちゃん自信なさ過ぎだよ! タカちゃんくらいカッコよくて可愛い子、お母さん知らないよ? お母さんの自慢の子供なんだから!」
明るく言う雪子だが、それは親の贔屓目以外のなにものでもないと、貴子は思う。ぽろりと、今までずっと黙っていたことが口を滑り出た。
「……三月に、一度、ふられてるから」
「……え?」
さすがに、雪子の動きが止まった。娘を後ろから抱きしめたまま、娘のあったかくてすべすべの頬に自分の頬をくっつけるような位置で、雪子は数秒沈黙する。
「……そっかぁ……」
重い吐息が、貴子の頬を撫でる。
「春にちょっと変だったの、そのせいだったんだね……。何か悩んでるって思ってたけど、ふられちゃってたんだ……」
「……うん」
「って! ちょっと待ちなさい!」
雪子は急に貴子から離れると、横に回って娘の両肩に手を置いて、強引に自分の方を振り向かせた。小柄な貴子は少し振り回されて、椅子に横座りする格好になる。
立ったままの雪子は、真顔になって娘を見おろしていた。
「その子、タカちゃんをふったのにあつかましく告白してきたの? しかも一目惚れ?」
「……たぶん、最初から女が好き、なんだと思う。女、のおれに、一目惚れしたみたいだし」
繊細な声で答える娘に、母親は怖い顔だった。
「なにそれ、ずいぶん身勝手じゃない? まだ一週間もたってないでしょ? 見た目だけで告白してきたってこと?」
「……一目惚れって、そんなものじゃない?」
「そうかもしれないけど! えー、でもひどい! なにその子! 一度タカちゃんをふっておきならがら! 虫よすぎじゃない!?」
「だから、おれが、女、になったから……」
「それもひどいよ! タカちゃんのこと今まで全く知らなかったならまだ許せるけど、男だった時はふったくせに、女になったから好きになりました!? 勝手すぎよ!」
「…………」
なんとなく母親の言いたいことは貴子にもわからなくもないが、何かのきっかけで、それまで気にもしていなかったような相手を好きになるというのは、特に珍しくもないことだ。それがたまたま「性別が変わって見目のいい女になった」という大きなきっかけだったというだけで、特別に非難されることではない。
確かに一目惚れの場合、相手の内面をよく見ていないとも解釈できるが、見た目から入って深まっていく恋もあると、貴子は信じたい。
「だいたいそれって、相手の性別が変わっちゃうだけで気持ちも変わっちゃうってことでしょ? それに、タカちゃんが自分を好きだって知ってて一目惚れとか言うなんて、遊ぶだけ遊んで捨てるつもりかもよ? 女の身体や顔だけが目当ての男とどこが違うの? その子ホントにタカちゃんのこと好きなの?」
「脇坂さんはそんな子じゃないよ」
さすがに、聞き捨てできない台詞だった。ほのかが本当に貴子のことを好きなのかどうか、貴子にも実感は乏しいが、少なくとも貴子の知るほのかは、「身体だけが目当て」「遊んで捨てるつもり」で告白をするようなタイプではない。
「そんなのお母さん知らないもの。仮にホントに一目惚れでも、すぐ冷めちゃうんじゃない? 相手はタカちゃんのこと、ろくに知らないんでしょ?」
それを言い出せば、貴子自身、まだほのかのことをろくに知っているとは言えない。ほのかのどんな面を見ても「嫌いになんてならない、なれない」と貴子は決め付けているが、貴子のそんな気持ちだって、本人が思い込んでいるだけで、客観的に言えば保証はない。
冷静に考えれば、確かにほのかの行動は、他の一部の男子が見せたような態度――学食などでいきなりナンパしてきたような男子――とそう違うわけではないとも言える。貴子を気にし始めて一週間で、貴子のことをろくに知らないのに、突然告白をしてきた。ほのかだからこそ貴子も受け入れたが、他の相手に対しては貴子は嫌悪を抱いて即座に冷淡に断っていた。貴子の基準では、ほのかがとった行動はそういう行動だ。
その上、ほのかが本当に本気だとしても、容姿以外に気に入られる要素が今の自分にあるとは、貴子はとても思えない。自分の性格が万人受けしないこともよくわかっているし、容姿だけで惹かれたのなら、内面を知られれば嫌われるかもしれない。実際、ほのかは貴子の言葉遣いの変更を求めるなど、貴子に可愛さを求めて押し付けるようなことを言った。
だがだからと言って、母親から感情的にそう指摘されるのは重かった。
「……どうして、そんな……」
泣きそうな、というよりは、ひどく辛そうな顔で、貴子は母親を見つめる。ただでさえほのかの突然の告白を信じきれずに、不安も根強いのだ。よりにもよって母親からそんなきついことばかり言われれば、貴子も苦しくなってしまう。
「応援してくれるって言ったの、嘘だったんだ?」
「う、嘘なわけないじゃない! でもでも、相手によるわ!」
「自慢だって言ってくれるなら、もっと、遊びから入っても本気になるくらいのこと、言ってくれたっていいんじゃない?」
「な! 遊びで人と付き合おうとする子に、タカちゃんを幸せにできるわけないじゃない!」
「だれも一方的に幸せにしてもらおうなんて思ってないよ。母さんのことだってそうだよ」
「う、く、く! どうしてここでお母さんを引き合いに出すの!」
「……母さんと同じくらい、好きな人だから」
「嘘言いなさい! お母さんよりその子の方が好きなくせに!」
「…………」
ここで否定しないあたり、貴子は母親に対しては本当に馬鹿正直な子供だった。もちろん、母親に対するのと恋人に対するのでは好きの意味が違うし、単純には比較もできないのだが、それでも娘の気持ちはしっかりと母親に伝わった。
「あぁもうー! この子はー!」
雪子は大きな声を出すと、今度は真正面から、座ったままの娘をぎゅっと抱きしめた。
「ぅ……」
母親の成熟している豊かな胸に、貴子の顔が埋もれる。
「いいわよもう! でもでも、相手が変な子だったら、お母さん絶対許さないからね! 近いうちに連れてきて紹介しなさいよ! タカちゃんがそこまで言うから、タカちゃんを信じてあげるんだからね!」
「……うん」
本当は無条件で受け入れて欲しいのだが、母親の気持ちも、なんとなくわからなくもない。柔らかい母親の胸に圧迫されながらも、貴子はなんとか返事をする。
雪子は感情をぶつけるように、娘の艶やかな髪と頭をなでまくった。
「それで! どういう子なの! 年は? いつから好きだったの? 全部話してくれるまで、今日は寝かさないから!」
「えーっと……」
貴子は口篭もったが、雪子は容赦をする気がまるでない。促されるままに、まだ相手の気持ちを信じきれていないといった不安な気持ちも含めて正直に、貴子は母親にすべてを話した。
好きな人のことを誰かに話す、という行為は、気恥ずかしい時もあるが、嬉しい時もある。自分が一番信頼している相手に話すのならなおのこと。
母親に話すことで、自分の気持ちをより実感したり、母親のやけにリアルな指摘に不安を掻き立てられたりしたが、ここまで本音をぶちまけたのは初めてというくらい、貴子は母親とじっくりとした時間を過ごした。
途中、夕食の後片付けをしながらも会話は進んだが、話はなかなか終わらず、貴子は母親のお風呂場への乱入を防げなかった。この年になって母親と一緒にお風呂というのはこっ恥ずかしすぎるし、今の変わり果てた身体を母親とはいえ人にさらすのも抵抗があるのだが、母親には病院などですでに散々見られている。さっき雪子が勘違いした月経も、性転換後の約五週目から十週目辺りに来るのが平均らしく、そろそろいつあってもおかしくない時期に差しかかっている。母と息子であればまず実現しなかった状況で、女性の生理や身体のいろいろについて、貴子は母親とかなり恥ずかしい会話を交わすはめになったりした。
そんなお風呂の中で、貴子は反撃のつもり、というわけではなかったが、母親の恋愛話が少し聞きたくなって、それとなく尋ねてみた。そして雪子は珍しく、母親の初恋の話を聞いたつもりの貴子に、貴子が写真でしか知らない父親の話をしてくれた。
我が子の前では少し無防備で子供っぽい雪子だが、外では大人の顔を使いこなし、仕事面ではやり手で稼ぎがいい。ちょっと反抗期だった中学の頃に「貴之」が母親の友人から聞いた話では、雪子の元夫は「女は家庭」と思うタイプだったのか、会社勤めをしつつ起業を計画していた妻に劣等感も抱いたようで、そんな点から関係が歪み始めて他の女に走り、離婚にいたったらしい。友人が話すのを止めなかった雪子は「仕事とタカちゃんにかかりきりになってた、わたしも悪いのよ」と最後は笑っていたが、母親のその大人の微笑は、今でも貴子の脳裏に焼きついていた。少しは成長した今の貴子は「実際はそう単純な話でもないんだろうな」と推測できるが、父親にさほど興味を持っていないから、あまり多くを聞いていない。
「あの人はね、タカちゃんと違って、わたしを幸せにしなきゃいけないって思い込んでたみたいでね」
「……おれだって、そう思ってるけど?」
そう広くはないが明るい浴室で、母親に半ば強引に背中を洗われた後。
入浴剤で半透明な湯船に母親と一緒に浸かっている貴子は、母親の方は見ようとはせずに、だが真面目な顔で、繊細な少女の声でそう言い返した。
密閉された暖かい浴室という空間に、二人の声がややエコーがかって伸びやかに響く。
貴子は体育座りに近い姿勢で座って、小柄な身体を小さくして自分の裸身を隠そうとしていたが、あまり隠し切れてはいなかった。母親と比べるとまだ硬さの残っている二つの白い乳房が、身体を縮めているせいで中央に寄せられて深い谷間ができて、着衣の時以上に大きく見える。浴室の熱気のせいだけなのかどうか、思春期の少女の身体全体がほんのりと薄桃色に染まっていた。
母親の方は隠すつもりがなく、成熟した大人の魅力を持っている身体を娘にさらして、娘と身体が接触しても気にせずに楽な姿勢でくつろいでいた。娘より長い髪をアップにして束ねている雪子は、軽く笑って娘の言葉を否定した。
「タカちゃんもさっき言ったじゃない、“一方的に幸せにしてもらおうなんて思ってない”って。お母さんだってそうよ。お互いにお互いを幸せにして、一緒に幸せになればいいのに、今にして思えば、あの人は一方的だったのね。……逆の一方的なら、わたしに幸せにしてもらおうなんて思うような人なら、まだ長続きしたのかもしれないけれど」
「……それって、わからなくもないな」
「ん、そう?」
「男にしてみれば結構負担だよ。好きな女を幸せにしたいっていうのは、男ならだれでも思うだろうし」
「女だって、好きな人は幸せにしたいって思うものよ? タカちゃん今時男女差別?」
「そのつもりはないけど……、女に一方的に幸せにしてもらうのが情けないとか、奥さんより稼ぎが悪いのがカッコ悪いとか思うのは、感性とかプライドの範疇じゃない? そういう無駄なプライドが差別とか偏見を生むのかもしれないけど、でも、そういう感情に罪はないっていうか」
「欲求や感情は、抑えるとしても否定じゃなく認めることから始めなきゃダメで、問題があるとしたら、そんな感情が育ちやすい環境や教育や社会的土壌ってことね?」
「何もそこまで大げさに考えたことはないけどね」
「あは。でもじゃあ、タカちゃんとしては、女が男に一方的に幸せにして欲しいって思うのもいいってこと?」
「ん……、おれは、それでもいいかな」
「あら、タカちゃんってそうなんだ。タカちゃんみたいな男の子が女を増長させるのに」
「そうかもね」
「あ、でももう女の子だものね。タカちゃんもそういう女の子になってみる? 今のタカちゃんなら、幸せにしてくれるっていう男はいくらでもいると思うけど」
「……楽そうな生き方だね」
母親の軽い冗談に、貴子も鬱っぽさを押し殺して、わざと少し冗談めかした。男のままなら少し鼻で笑ったような印象になったかもしれないが、可愛い顔立ちと透明感のある繊細な声のせいで、甘く柔らかい雰囲気が漂った。
「でももう遅いかな。一緒に幸せになりたい人を見つけたから」
「あら、聞いてる方が恥ずかしいこと言っちゃうのね。そんなこと言うと、お母さん妬いちゃうわよ?」
雪子は笑って娘の頬に手を伸ばすが、貴子は少し嫌がって、華奢な肩をひねるようにして母親の手を避ける。母と娘の身体全体が揺れて、水面に微かなさざなみが走る。
「いまさら、母さんに恥ずかしがったって」
「わ、つまんないの」
「母さんは甘やかしすぎだよ。……なんでも頼ってしまいそうになる」
「……うふふふ」
雪子はちょっと本気で驚いたような顔をしたが、すぐに楽しげに笑みをこぼし、自分の頬に片手を当てて、嬉しそうに娘を見やった。
対する娘は、母親の方を向こうとしない。口を湯船につけるように顔をそむけて表情を隠し、なめらかで細いうなじや小さな耳朶まで、いつのまにか桃色に染めていた。
「タカちゃんって、やっぱりカッコカワイイね」
「それ、褒め言葉になってないよ」
「あら、立派な褒め言葉よ」
くすくす笑って、雪子は娘をからかう。
「でもそうね、ほんとに、今のタカちゃんなら、相手は遊びのつもりでもすぐ本気になっちゃいそうね?」
――それが男のままのおれならよかったのに。
一瞬、貴子の中に根強くくすぶっている鬱屈が強く湧き上がるが、言っても愚痴にしかならないことだった。貴子は小さな吐息をこぼして、素直な気持ちを答えた。
「だったら、いいんだけどな……」
「ほら、もっと自信を持って! タカちゃんだって、本気なら待ってるだけじゃダメでしょう?」
「……うん。そうだね」
「お母さんとしては、タカちゃんがふられて慰めてあげるのもいいんだけどね? そうね、そうしましょうか。タカちゃんもう女の子になっちゃったんだから、もうお嫁なんてもらわないで、ずっと二人で暮らしましょう?」
そんな母親は半分本気っぽかったが、貴子は冗談だと解釈することにした。暗い気持ちを押し殺して、気持ちと一緒に頬を少し緩めて、また軽く冗談を返す。
「そしたら孫の顔も見れないよ?」
「んー、お母さんとしては、タカちゃんがいれば無理に孫はいらないけどね。でもそうね、どこかから精子だけ貰ってくる?」
冗談のつもりが、しゃれにならない反応が返ってきた。浮かびかけた貴子の甘い微笑みは即座に引っ込んだ。
「……だれが産むの?」
「もちろん、せっかく産める身体になったんだもの、タカちゃんに決まってるわ」
「冗談でしょう」
「あら、タカちゃん、女の子とお付き合いしても、どっちかが産むことになるんでしょう?」
「おれの……を使うんだから、産むのは相手の方だよ」
性転換病の場合、もうだいぶ前から、性転換前に卵子や精子を保存しておくことは一般的になっている。「貴之」の精子も保存されているから、貴子が女の同性愛に走っても、父親的立場で子供を作ることができる。昨今は代理出産の技術や制度も整ってきているから、貴子が母体になって受精卵を育てるという手もあるが、女性になった精子提供者より、女性である卵子提供者がそのまま母体になることが多い。――相手も性転換病経験者であれば、また状況は違ってくるが――。
「一度くらいやってみるのもいい経験なのに。妊娠も出産も、ものすご〜くたいへんだけど、とっても貴重で、幸せな体験よ?」
「……経験できることを全部やってたら、人生いくつあっても足りないよ」
何かをやることで新しい道が開けることもあるが、逆に、何かをやることで別の道が閉ざされる、そんな状況も当たり前に存在する。
「自分のことは全部自分で選びなさいって、おれに教えてくれたのは母さんだろ」
ちらりと母親を見て繊細な声でそう続ける娘に、雪子は嬉しそうに、そうねと笑った。
「タカちゃんはタカちゃんだものね。これから先、どんなこと経験してくんだろうね」
少し未来を見通すかのように、雪子は優しく、娘を見つめる。
なんだか見透かされているような気分になった貴子は、自分を産んだことを幸せな体験だと言ってくれる母親から視線を逸らして、またそっぽを向いた。
年頃の子供とその母親との、お風呂場での裸の付き合い。
すでに十六歳になっている貴子が男のままであれば、ありえなかったであろう状況。
そんなふうに多少つっこんだ気の早い話もまじえながら、母と子で色々なことを語り合う。まだ思春期の子供の方には多少抵抗や照れや恥じらいが混じっているが、親密で穏やかな空気が、二人を暖かく包み込んでいた。
お風呂上りも話は続き、雪子の部屋に干してあった洗濯物を回収して一緒にたたんだり、リビングで大粒の葡萄を食べたりして、母子二人、ゆったりと家族の時間を過ごす。
こまめに携帯をチェックする習慣がなかった貴子が、恋人からのメールに気付いたのは、明日の準備をするために一度自室に戻ってからだった。
次の休日に初デートをするという我が子に母親がまた騒ぎ、二通も届いていたメールに貴子が慌てて返事を出したりしつつ、親子のその夜は充実して過ぎていった。
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初稿 2008/02/26
更新 2008/02/29