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Boy's Emotion

  Taika Yamani. 

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  第三話
   二 「期待と不安」


 約二時間後――。
 学校帰りの電車の中で、どこか夢を見ているような気持ちの穂積貴子は、左手のこぶしを左頬に押し付けて、微かに乾いた笑いをこぼした。
 「ハハ……。……カッコ悪……」
 まだ頬は少し熱を持っていた。「人は恋をすると、誰にも絶対に見られたくないような一番みっともない姿を、その一番見られたくない相手にさらす」というようなことを貴子は聞いたことがあるが、これはちょっと、我ながらあまりにも情けなさすぎだった。
 「黙っておれについて来い」なとど時代錯誤な亭主関白を気取るつもりは最初からないが、彼女ができてももっとクールにスマートに振る舞えると思っていた。
 なのに、緊張でずっと真っ赤だったし、ぎこちなくしか話せなかったし、目を合わせるのすら一苦労だったし、好きな女の子にリードされっぱなしだし、相手の方からキスまでされてしまうし。
 みっともないやら、恥ずかしいやら、情けないやら、それでも嬉しいやら。
 本当に夢でも見ていたようにしか思えない。
 混雑しかけている車内で、いつも通りしゃんと背筋を伸ばした姿勢でドアの傍に佇んでいる貴子は、やっぱり夢なんじゃないかと自分の頭を疑って、スカートのポケットから携帯電話を取り出した。
 左手で操作して、さっき登録したばかりの名前を探す。
 貴子が一年以上前から、ずっと片想いを続けてきた相手。
 ほんの数時間前に、貴子に突然告白をしてきた相手。
 希望なんて持てずにいたのに、彼女の方から好きだと言ってくれて、両想いになれた相手。
 脇坂ほのか。
 貴子のガールフレンド。今、貴子と恋人同士になっている相手。
 「現実、だよな……」
 携帯電話に表示された好きな女の子の名前を見て、貴子は相変わらず容姿や声には不釣合いな口調で、小さく呟く。
 『脇坂さん。……ほのか。さん』
 彼女が名前の呼び捨てでいいと言っていたことも思い浮かべて、貴子は口の中で呟いて、どうしても呼び捨てにしきれずに、また一人微かに赤面する。
 そのとたん、マナーモードになっている携帯電話が振動した。
 貴子はびくんと身体を反応させたが、母親が仕事で急に帰りが遅くなる時、こんな時間に電話をしてくることになっている。いつもなら家の電話にかかるのだが、珍しく貴子がこの時間になっても未帰宅だから、携帯にかけてきたのだろうか。
 そう思いながら貴子は携帯を確認して、もう一度びっくりした。
 さっき別れたばかりの、できたてほやほやの恋人からのメールだった。
 『日曜日デートしよう! あけといてね! できれば土曜日も!』
 感嘆符が三つついた、短い文章。じんわりと、貴子の胸がまた熱くなる。
 夢じゃない、本当に現実なのだと、少しずつ少しずつ、実感が湧いてきた。



 あの後、教室でキスをした後、ほのかは感情が抑えきれなかったのか、貴子をぎゅうっと抱きしめて、好きという言葉を繰り返してくれた。貴子も感情が溢れてしまって同じ言葉を返すと、ほのかは嬉しそうに貴子を抱く腕に力を入れて。
 二人ともしばらそうやってお互いを感じていたが、一方だけ座っているという体勢も悪かったのだろう、やがてほのかはそっと身体を離した。
 「……貴子って、一人っ子? 兄弟いる?」
 ちょっと照れくさそうに微笑んで、ほのかは急にそう言って、椅子に座りなおす。
 放課後の二人きりの教室で、ほんのさっきから付き合い始めた恋人を相手に、二人色々な話をして過ごした。貴子が緊張しまくっていたせいで多少ぎこちなかったが、二人の会話は多岐に渡った。
 ――最初は、お互いの家族のことや通学のこと。
 「電車って、痴漢とかいない? 貴子可愛いから、注意しないとダメだよ」
 「……そんなの考えたくないから、最初から、専用車両に乗ってる」
 「え、貴子って、もしかして女に囲まれて嬉しいの?」
 「え、なんで。嬉しいとかそんなのないよ」
 「もうぼくの彼女なんだから、これから先、ぼく以外、男も女も見たらダメだよ」
 どこまで本気なのか、真顔で言うほのかに、貴子は反射的に、心外、という態度になった。
 「もうずっと、脇坂さん以外、見えないよ」
 「…………」
 「…………」
 「……そ、そうなんだ」
 自分から独占欲を剥き出しにしたのに、さすがにちょっと照れたように、ほのかは笑う。貴子もほんの少しだけ、自己主張を織り交ぜた。
 「脇坂さんも……」
 「ん?」
 「……他の男のことは見て欲しくない」
 「あ、貴子も妬いてくれる?」
 妬くに決まっている。
 貴子は赤い顔のまま馬鹿正直に頷き、ほのかはまた少し照れたみたいに笑った。
 「貴子って、意外にストレートだよね」
 「わ、脇坂さんから、言い出したくせに……」
 「そーだけどさ。体育の時とかも、見学しながら、いつもじーってぼくのこと見てたでしょ?」
 「え……」
 貴子はちょっと慌てた。『き、気付かれてたのか』と心の中で叫び、急いで言い訳を考える。
 「そのくせ、教室で座ってる時は全然振り向いてくれないし」
 あたふたする貴子に、ほのかはくすくすと笑う。
 「ぼく、緊張しまくってたんだからね?」
 「え……」
 それも貴子には意外だった。貴子からは全然そうは見えなかった。
 「貴子のせいでいつもよりたくさん失敗もしちゃうしさ。今度からは、見るだけじゃなくて、ちゃんと応援してね?」
 「う、うん……」
 笑顔のほのかに、貴子はそう頷くことしかできなかった。
 ――続いて、お互いの将来や進路のこと。
 意外に、といっていいのかどうか、ほのかはまだ将来やりたいことは決まっていないようで、具体的な進路も未決定らしい。機械設計関係の仕事をしているという父親の影響もあるのかどうか、理学部の情報学科や、電子工学やコンピューター工学あたりを考慮したこともあると言うが、あまり興味を持てずにいるようだった。
 一方貴子の方は、母親の影響で漠然と経済学部や法学部あたりかな、と考えていたが、それは文系だ。文学部で日本文学を、と思ったこともあるが、それも文系である。
 「あは、なんで貴子、理系コースなの? 経済学って、理系も大事だから?」
 「い、一応、栄養学とか、そっちも考えてたから……。文系から理系を狙うより、理系から文系の方が融通がきくみたいだし……」
 嘘ではないが、事実の百パーセントでもない。ほのかが理系コースだと噂を聞いたことが大きく影響していたなんて、本人に面と向かってはさすがに言えない。
 ――他にも、会話の切れ目に、初めて貴子の方から頑張って切り出した、お互いの連絡方法のこと。
 「あ、あの、脇坂さん……!」
 「うん、なーに?」
 「えっと、携帯番号とか、メールとか!」
 教えて欲しい、と続けようとした貴子に、ほのかは、あっと笑って途中から言葉をかぶせた。
 「あ、教えて教えて」
 「お――わたし、が、聞きたいんだけど……」
 「どっちでも同じだよ」
 笑って言いながら、ほのかはスカートのポケットから携帯電話を取り出す。
 「じゃ、一回かけるから貴子から番号言って」
 「う、うん」
 貴子も急いで真新しい携帯電話を取り出すと、数桁の数字を口にし、ほのかは復唱して、その番号に電話をかける。
 そうやって携帯番号とアドレスを交換する途中、ほのかはふと思い立ったように携帯をかまえ、不意にカメラのボタンを押した。
 よく言うと雰囲気作りのために、夢のない見方をすると盗撮防止用についているという大げさなシャッター音が響き、いきなり写真をとられて、貴子はわたわたする。ほのかはそんな貴子に文句を言う隙を与えずに、どんな写真が撮れたのかも見せてくれずに、「待ち受けに設定しちゃおーっと」と笑って、本当に携帯の待ち受け画像に設定していた。
 貴子はこの時ばかりは、カメラ付きの携帯を買っていなかったことを心底後悔した。ほのかのカメラでほのかを撮って送信してもらう、ということを考えつかなかったのだから、この時の貴子はやはり冷静には程遠かった。今のところ、貴子がペースを作るのは不可能で、ちょっと振り回されっぱなしだった。
 ――そして、貴子が最初に尋ねたことをほのかに問い返されたのは、教室が夕焼けに赤く染まる中。五時半には教室は施錠されるため、そろそろ帰る時間が迫ってきた頃。
 「……キミは」
 まっすぐな真剣な顔で、ほのかは貴子を見つめていた。
 なぜかほのかは数秒間を置き、貴子はその視線に焦って、先を促すように声を出す。
 「……う、うん?」
 「……貴子は、なんで、ぼくを好きになったの?」
 「え……」
 確かに、面と向かって聞かれると、これはなんだか恥ずかしいものがあった。貴子は赤面しながらも、慌てて言葉を捜した。
 「な、なんでって言われても、よくわからないけど……」
 「え、そうなの?」
 ほのかはちょっと気の抜けた顔をする。貴子はいっそう慌てて、繊細な声で言葉を続けた。
 「わ、わからないけど、でも……!」
 「でも?」
 「……脇坂さんの、きれいなとこ、が、好きになったんだと、思う」
 「……ぼくの見た目だけで好きになったってこと?」
 貴子のか細い声に、ほのかは自分のことを棚に上げて、複雑そうな顔をした。
 「え、違う!」
 とっさに言い返したが、貴子は上手く言葉にできずに、ちょっとつまった。
 容姿という意味もないとは言わないが、それだけではない。
 明るい生気に満ちたまっすぐな瞳。凜とした態度にきれいな物腰。いつもよく笑って、世界のすべてを楽しんでいるかのような、ほのかの心の余裕。
 そこに貴子が感じるのは、人としての強さであり、美しさ。
 ほのかが貴子の内心を知れば、美化しすぎだと思うかもしれないが、それが貴子の感じるほのかの姿。排他的で多くの物事に関心を抱かない自分と比べれば、劣等感すら刺激されるほどに、ほのかの存在は貴子には眩しい。
 そして今となっては、それらもすべてきっかけで、まだほのかとたいして話もしていないのに、ほのかの存在そのものが全部好きだと言いたくなる。客観的には、恋は盲目、単に冷静にものが見れなくなっているだけとも言えるかもしれないが、それでもそれが、今の貴子の、誰にも譲れない気持ち。
 「……いいよ、今は。無理に言わなくて」
 一生懸命に言葉を捜す貴子に、何か感じるところがあったのだろうか。貴子の沈黙をどう受け止めたのか、ほのかは真剣な表情で貴子を見つめた。
 そのきれいな凜とした表情に、貴子の鼓動がまた跳ねる。
 ほのかは立ち上がると、一転笑顔になって、貴子に手を差し出した。
 「そろそろ、帰ろうか」
 「ぁ……、う、うん……」
 貴子は慌てて立ち上がりながら、一瞬躊躇してから、ほのかの手をそっとつかむ。力が入っていない貴子のその手を、ほのかはぎゅっと握りしめると、強く引っ張った。
 「あっ……」
 貴子はよろめき、次の瞬間、ほのかに抱きしめられていた。もう一方の手で髪を撫でるように抱き寄せられて、お互いの胸のふくらみとふくらみが押し合わさり、貴子の唇はほのかのブラウスに触れそうになる。
 「絶対、もっと好きにさせるから」
 微かな、ほのかの呟き。
 彼女の柔らかい身体と甘い香りと自分の体勢とにパニックになりかけていた貴子には、よく聞き取れなかった。えっと思って貴子が顔をあげると、また息ができなくなった。
 唇が、ほのかの唇でふさがれていた。
 二人の、三度目のキス。
 貴子は驚いたが、もちろん、嫌なわけがない。
 貴子も感情を溢れさせて、ゆっくりとほのかの背に腕を回す。彼女の唇の甘さと柔らかさとを自分の唇に感じながら、貴子もそっと、恋人を抱きしめる。
 夕焼けに染まった教室で、少しの間、二人の影はしっかりと一つに重なっていた。



 五時二十五分になって帰宅を促す校内放送が鳴り響き、なんとなく沈黙の中で教室を出た二人。
 ほのかは貴子の華奢な手をしっかりと握って貴子を先導し、また現実感を喪失していた貴子は、そんなほのかに手を引かれるままに歩き。靴を履き替えた時に一度手は離れたが、ほのかはまたすぐに無言で貴子の手を取ってきて。
 長い沈黙が破れたのは、自転車置き場へ向かう途中だった。
 「こんばんは〜、いつもありがとうございまーす」
 これから校舎の掃除を行うらしい清掃のおばさんたちと遭遇し、ほのかが明るく声をかける。おばさんたちは少し驚いたようだが、すぐに破顔一笑して「ええ、こんばんは」「気をつけて帰んなさいよ」と言葉を返してくる。「はい、気をつけます。さようなら〜」と、ほのかは元気よく笑顔で挨拶をし、少しだけ我に返った貴子は、内心ちょっとあたふたしつつ、ほのかに倣うようにぺこりと儀礼的にお辞儀をする。
 仲良く手を繋いでいる女の子二人に、おばさんたちも笑いながらさよならの言葉を投げてきて、そのまま両者すれ違う。
 すぐに自転車置き場に到着し、さっきからちらちらと貴子を見て微笑んでいたほのかは、自分の自転車の傍で足を止めた。
 「貴子、駅まで送っていくね」
 「え、途中まででいいよ」
 先に行ってもいい、とは言わない辺り、貴子もさりげなく欲張りである。そんな自分に気付いて、貴子はまた急激にわけのわからない羞恥に襲われかけたが、ほのかは「駅まで送ってくよ」と笑って繰り返し、有無を言わせぬ態度で貴子の荷物をとりあげて自転車の荷籠に放った。
 「あ、後ろに乗ってく?」
 ふと思いついたようにほのかは笑顔で言ったが、貴子は緊張のあまり慌てて即座に断ってしまった。
 「あは、残念。貴子と二人乗りしてみたかったのに」
 後になって貴子ももったいなかったと思ったが、二人でゆっくり歩く時間も悪くはなかった。
 「貴子って、スキーとかスケート、得意なんだよね」
 自転車を押して貴子の横を歩くほのかは、いつどこでだれからそんな情報を仕入れたのか、教室での会話の続きのように貴子のことを尋ねてきて、貴子はぎこちないながらも、スケートに夢中になっていた子供の頃の夢のことなど、自分のことを素直になんでも話す。
 いつもの貴子は五時頃には帰宅してなにかおやつを食べたりするから、お腹も空いているはずだが、不思議と空腹も感じない。貴子は緊張しまくりのまま、ほのかは普段のペースを取り戻したような明るい態度で、お互いにお互いを知るための何気ない情報交換を続ける。
 徒歩で十数分かかるのに、駅までの道のりはなんだかあっという間だった。
 二人とも別れを惜しんだが、もう六時も近い。日も落ちて、電車も混雑する時間にさしかかる。貴子の母親は特に遅くなるとは言っていなかったから、貴子は帰ってから買い物や夕食の準備があったし、遊んでばかりはいられない。
 もっとも、ここでほのかがどこか寄って行こうと提案していたら、貴子は一も二もなく頷いただろう。母親が知れば「恋人ができちゃうと、やっぱり母親なんて見捨てられちゃうのね」と半分本気で嘘泣きをしたかもしれない。貴子としては、駅前の紳士っぽい名前のドーナツ屋さんや、駅の反対側にある女子に人気らしい甘味処や、駅までの通り道にある遊歩道公園にでも自分から誘って、もっともっと話をしたい心理もあったのだが、感情がいっぱいいっぱいでそんな些細な提案もできなかった。
 「じゃ、今日はここでバイバイだね」
 「うん……」
 「気をつけて帰るんだよ? 夜はぼくのこと考えながら眠ってね?」
 「う、うん」
 冗談っぽく言うほのかに、貴子は思わず真剣に頷く。
 貴子の馬鹿正直な反応に、自分で言っておきながら、ほのかもちょっと頬を赤らめる。駅前で顔を赤くしてうつむきあっていたりしたら、ただでさえ目立つ容姿の二人なだけに、周囲の視線を集めまくりだった。
 「ぼくも、今日も貴子のこと考えながら眠るね?」
 開き直ることにしたのか、ほのかはそう言ってさらに貴子の顔を熱くさせる。
 彼女は明るく笑うと、「じゃ、また明日ね!」と明るく手を振って、未練を振り切るように素早く自転車に乗った。長い髪とスカートを揺らして自転車をこいで去っていく恋人を、貴子は見えなくなるまで見送った。
 ほのかの家は、自転車を使って学校から十数分ほどらしい。駅に寄ると少し遠回りになってプラス数分と言っていたから、駅からほのかの家も、そこそこ時間がかかる計算になる。
 それを考えると、貴子が電車の中で受信したメールは、ほのかが家に着く前に送信したように、貴子には思える。そんな些細な点に彼女の気持ちが滲んでいるようにも思えて、やっぱり夢じゃない、現実なんだと、貴子はまた一歩ほのかの気持ちを実感していた。
 「脇坂さんとデート、か……」
 その言葉の響きに、貴子は再び現実感を喪失しそうだったが、何度も何度もメールを読み直して、朝には全く想像もしていなかった、ほんの少し前の出来事を心の中で反芻する。
 自分の取った態度は激しく情けなかったが、それでも、好きな人に好きだと言ってもらえた貴重な時間。自分が男としてではなく、女として付き合うことを思えば鬱屈すぎる思いも湧き上がるが、今はまだ、彼女に好きと言ってもらえて恋人同士になれたという事実だけで、どうしようもなく嬉しい。
 返事を出さなきゃと気付いたのは、電車が半分ほどの駅を過ぎた辺りだった。たかが五十文字もないメールの返事を書くだけなのに、貴子は地元の駅まで、ひたすら文面に悩み続けることになった。



 翌日、九月二十七日、火曜日。
 この日の学校はかなりセンセーショナルな一日になった。
 前夜に恋人ができたことが母親にいきなりばれてしまい、多少冷静さを取り戻していた貴子は、ほのかが自分との関係を隠そうとするものと考えていた。
 同性愛への理解も広まっているとはいえ、偏見を持つものはなかなかいなくならない。性転換病経験者の恋愛に対しても、特に性転換前の姿を知られていれば、相手が男であれ女であれ、とやかく言われることも多い。ただでさえ貴子もほのかも目立つ方だし、だれに何を言われるかわからない。貴子を揶揄した無神経な中傷で、ほのかが不快な思いをさせられる可能性も高かった。
 なのに、ほのかは全く隠そうともしなかった。それどころか、宣伝して歩くような真似をした。
 朝、駅で貴子を待っていて、緊張していた貴子を驚かせたかと思うと、腕を組んで手を繋いで歩き出す。
 貴子は頬を赤らめてしまったが、ここで変に意地を張るような可愛げのある性格ではなく。嬉しくないと言ったら嘘になるから抗う気は起こらずに、むしろこっそりと満喫して。昨日の自分の態度に情けなさを感じて「今日はできるだけクールにスマートに行くぞ」と心に誓っていたのに、彼女の振る舞いの一つ一つに一喜一憂して、もうさっそくぼろぼろだった。
 当然のごとく、登校中の他の生徒に目撃されまくって、教室にもそのまま連れて行かれたから、教室では一騒動起きた。ほのかがいきなり自分から暴露したからなおのことだった。
 「ぼくと貴子、昨日から付き合ってるんだ」
 先週に貴子が初登校した時より、教室は大騒ぎになった。
 「うおー! 脇坂さんと付き合えるんなら、おれも女になりてー!」
 ふざけたことを叫ぶ男子たちに、ほのかは「貴子だから好きになったんだよ」とそう言って笑い、友達に聞かれても「もう貴子が好きすぎて、ぼくから告白したんだ」と堂々と胸を張る。同性愛だし相手は元男だし、多少の後ろめさがあってもいいはずなのに、ほのかの態度は凜として揺るぎがない。ほのかの人気の一端は、こんな風に、どんなことでも自分で選んだことなら胸を張って正しいと言えるような、そんなまっすぐな点にあるのかもしれない。貴子が惹かれた部分の一つでもある。
 が、貴子の方は、みなに恋人宣言をするほのかに嬉しさを感じつつも、幸せに浸りきることはできなかった。「ね、貴子?」としょっちゅう話をふってくるほのかにあたふたさせられっぱなしだったせいもあるが、彼女の態度が、貴子から見てあまりにも普段通りに見えたからだ。
 やっと両想いになれて幸せいっぱいでいていいはずなのに、貴子は自分に自信を持っていなかった。一度ふられたことが尾を引いている部分もあるのだろう。もともとほのかが告白してくれたこと自体、信じられないようなことだし、ほのかの貴子への気持ちが、今の貴子の見た目から始まったことを、貴子は知っている。
 今、ほのかは貴子に好きだと言ってくれる。その言葉を信じたい。
 なのに、信じきれていない。信じたいが、信じきれない。
 午前中はそんな騒ぎの中に過ぎ去った。
 が、学校全体としては、まだその騒ぎは序の口だった。
 本当に衝撃的な出来事は午後になって飛び出した。
 お昼休み、学校の新生徒会長のほのかは十月から新体制になる生徒会の引継ぎやらで昨日から明日まで忙しく、二人は一緒にご飯を食べることはできなかった。ほのかは残念がり、貴子もその気持ちを抱きつつ別行動を取り、誘ってくれたクラスメートの松任谷千秋たちと学食でご飯を食べた。食べ終わると、ほのかの陸上部の先輩と遭遇するという、貴子にとってはどうでもいいイベントをこなして、貴子はいつも通り図書室で残りの時間を過ごした。
 そして昼休みが終わる前に、少し早めに教室に戻って、ガールフレンドと合流して。
 火曜日の五限の体育の授業、彼女に連れられて行った、初めての女子更衣室。
 二組の女子たちは、千秋たちが味方についてくれたおかげもあって貴子に慣れつつあったが、ほのかと急接近した貴子に嫉妬の感情を見せるものがいた。また、合同で体育を行う一組の女子の中には、「元男の女」「女になった男」と着替えを共にすることに露骨に嫌悪の感情を見せるものもいた。
 もしかしたら、彼女たちには目立つほのかに対して隔意があり、貴子をきっかけに間接的にほのかを挑発する部分もあったのかもしれない。
 貴子はまともに彼女たちの相手をしなかった――というよりも、ほのかと一緒に着替えるということを意識しまくって他人のことなどろくに目に入れていなかった――が、貴子にかわって千秋たちが援護射撃をしてくれるうちに、本人そっちのけでまわりが勝手に盛り上がってしまった。
 「ほら、みんなもさっさと着替えたら? ぼくらに構ってると時間なくなるよ?」
 ほのかも穏便に受け流していたが、それも次の言葉が出てくるまでだった。
 「脇坂さん! 女子が好きでも、よりにもよってなんでそんな子を選ぶの!?」
 「そうよ、元男が恋愛だなんて気持ち悪いだけなのに! しかもレズだなんて!」
 強い口調で言われて、ほのかは実にあっさりと、なんでもないことのように口を開いた。
 「んー、じゃ、ぼくのことも気持ち悪いってことになるね。中一の夏まで、ぼくも男だったんだから」
 入学当初にそういう噂が流れたこともあるから、やっぱりと思った生徒もいるようだが、まさか本当にそうだと知らされると、また見る目が変わってくる。
 ほのかのその発言に、まわりは数秒、しんと静まり返った。








 to be continued. 

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初稿 2008/02/26
更新 2008/02/29