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 夢の続き

  Taika Yamani. 

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  おまけ 「一回目のプロポーズ?」


 携帯電話に入ったそのメールに気付いたのは、少し遅めの朝ご飯を食べた後だった。
 『朝、希ちゃんは家にいませんでしたね。お父さんは心配して怒って、今日は仕事を休むと言って大変でした。六時半ごろ物音がしたと言っておいたので、朝の散歩に出かけたとか、話はあわせてくれればフォローはできます。夕方すぐ帰るので、心の準備をしておくように』
 送信相手は母親で、送信時間は今朝だ。二通目もあって、それも母親からだった。一通目の直後だ。
 『そうそう、怜悧くんによろしく。お母さんは初孫を早く抱きたいけど、普通に大学に通うつもりなら、避妊は計画的にね』
 「…………」
 通話の着信履歴も、一時間おきに父親からあるあたり、しっかり心配されているらしい。事故とかではないという連絡はしないと、と思いつつ、此花希は、恋人の腕の中で少し嘆息した。
 「どうした?」
 「……わたしが、朝いなかったこと、お父さんたちにばれてた……」
 恋人の朝宮怜悧の十八歳の誕生日。希は初めて彼の家の彼の部屋に無断外泊をした。同い年の恋人同士である二人の間に、その夜なにがあったかは言うまでもないだろう。希は幸せな気分で起きて、もう一度気持ちを確かめ合ってから、彼の部屋で遅い朝ご飯を食べた。その後、絨毯の上に座って、後ろからそっと彼に抱きしめられて、じんわりと幸せをかみ締めていたのだが。
 「それは困ったな」
 全然困ってないような声で、怜悧は少し笑った。
 「笑い事じゃないよ。朝出かけたことに、お母さんがしてくれてるみたいだけど、お父さんはきっと怒ってる」
 「お義母さんがそう言ってるなら、そうしておけば?」
 「…………」
 それが一番無難な道なのだろうなとは思う。これまでだって父親には隠してきた。娘が怜悧と付き合うことまでは容認している父だが、ここまで関係を持っていると知られたら、確実に怒られる。場合によっては泣かれる。
 自分の気持ちを譲るつもりもないが、できれば父親を悲しませたくもない。かといって。
 「嘘はもうつきたくない」
 「……じゃあ、全部言うか?」
 怜悧は優しく希を抱いて、そっと髪に口づけする。希は天井を見上げた。
 「…………」
 それにしても、まさかよりにもよって、初めての無断外泊でこうも簡単にばれてしまうとは思わなかった。希は自分が甘かったことを自覚した。
 夏休みに入ってから、希は両親と朝食を一緒にとることをやめていた。仕事で帰りが遅い両親を遅くまで待っていて、顔を合わせて、夜更かしを匂わせて。朝はそのせいで寝坊するから、朝食は後で食べると言って。夜中にだけ会って、朝は会わない生活をここ数日続けて、そして昨日、無断外泊をした。朝会わないことを半ば習慣にしたから、たまたま夜も朝も会わない日があっても不思議ではなく、両親だって気付かないはず。
 両親が希の部屋を覗かない限りばれるはずはないと思っていた。いつも早起きする希を両親が起こしにきたり、部屋を覗きにきたりすることはこれまでなかったはずだ。多少覗かれたくらいでも、ベッドにはわざとふくらみをちゃんと作ってきたからそう簡単に気付かれないはず。
 なのにこれ。両親は、希が寝ている時に、いつも希の部屋に来ていたのか。それとも、昨日は一日顔を会わせていないから、たまたま今朝だけ覗きにきたのか。もし後者なら、毎日顔を合わせていたことが失敗だったということになる。何日か顔を合わせない日を作るべきだったのかもしれない。
 「……わたし、甘すぎた。泊まりになんか来なきゃよかった」
 「本気で言ってるのか?」
 怜悧の腕に、力がこもる。
 恋人の十八の誕生日に、自分を捧げた希。特別な日だったから、少し無理もした。そうでないと、次にいつ許す気になれるのがいつになるのか、自分でも自信がなかったから。きっかけが必要で、彼の誕生日はその一番のきっかけだったから。
 「……うんん、後悔はしてない」
 「ならそんなこと言うなよ。これからのことを考えようぜ」
 「うん、ごめんね。ありがとう」
 希は怜悧の腕を取って、その手の平にキスをする。怜悧の腕は希の首にそのまままわった。
 「いいよ。おれはなんでもする気だからな。駆け落ちでも全然オーケーだ」
 冗談めかして、怜悧は気持ちを伝えてくれる。希はくすっと笑った。
 「まず話し合いからだよ。うん、わたし、お父さんに言う。全部」
 「おれとシタことも?」
 「……どうしてそう露骨なの」
 希は微かに頬を染めて、視線をきつくした。
 「この状況で嘘をつかなければ、男の家に泊まったと言っただけでもうモロばれだろ。父は娘が男の下であえぐ姿を想像するわけだ。ニヤニヤ」
 久しぶりに、希は怜悧に肘打ちを食らわせた。
 「ぐえ!?」
 怜悧の腕の力が抜けた隙に、素早く立ち上がり怜悧を睨む。
 「そういう品のないことを言うな」
 「だ、だから、希の一撃は、しゃれにならないんだってば……」
 怜悧は涙目だ。
 「手加減したよ、ちゃんと!」
 「どこがだよ……」
 怜悧は床に突っ伏した。
 「え、えっと、大丈夫?」
 希は近づいて、膝をついて、怜悧の顔を覗き込む。罠だった。
 「え」
 希は次の瞬間、また抱きしめられていた。
 「つかえたっと」
 「……む〜!」
 希はこんな見え透いた手に引っかかった自分に、少し膨れっ面をした。
 「ま、本当に品のない冗談はともかく、おじさんの心理はそれに近いってことは覚えとくべきだな。感情に任せて当分外出禁止とか言い出されても不思議はない」
 「……お父さん、この件では頭固いしね」
 希は嘆息して、怜悧の胸に身体を預ける。
 「夏休みはいいけど、学校始まると、日曜に家を出させてもらえなくなると会えなくなるね」
 「それは困るな。泊り込みもできなくなるしな」
 「うん。だから、ちゃんと説得したい」
 「お、素直だな。彼氏とセックスしたいからたまに泊り込みますって説得するのか?」
 「…………」
 もう一発、容赦なく、希は怜悧のわき腹に、今度はパンチ。
 「っ!?」
 怜悧は声もなく身体を折った。希は怜悧の身体をなんとか支える。
 「ちょっとは懲りなさい」
 「の、希……、おれを、殺す気か……」
 「変なことばっかり言うから!」
 「でも、説得ってそういうことだろ」
 「…………」
 頬を染めながらも、また殴るぞという目で、希は怜悧を睨む。身体を起こして、膝立ちになって、怜悧の両肩に両手を置いた。少しだけ上から怜悧を見下ろす視点だ。
 「い、いや、まじめな話さ、あのおじさんも高校卒業までとか、結婚するまでとか、清く正しい交際をするっていうのなら、これまでだって容認してたわけだろ」
 「…………」
 たしかに、かなりしぶしぶだったが、母親の説得もあってそこまでは認めてくれていたが。
 「となると、だ。説得するとなると、どこまでするんだ? おれはいつでも外泊オーケーと言うくらいまで説得して欲しいが、そうするとマジで駆け落ち沙汰だろ」
 「……とりあえずは、もう二度と外泊はしないっていうところまでは、譲らないといけないと思う」
 「却下だ」
 怜悧は即座に言った。一度でも二人一緒に眠り、朝を迎えることの幸福感を味わってしまうと、そう簡単に譲れない。
 「……でも、多分、お父さんはそれがぎりぎりだよ。それとも、もうお婿に来てくれるの?」
 「……おれが婿に行くのか?」
 「うん。わたし、一人っ子だし」
 「…………」
 怜悧は希の腰に手を回したまま、数秒だけ天井を仰いだ。
 「まあ、いいか、それはそれで」
 あっさり結論を出すのは、元女という自意識があるせいか、それともたいした問題ではないと思っているのか。希はちょっとだけ笑う。
 「つまり、なんだ。おれと結婚すると説得する気か?」
 「……はい?」
 「いや、今の流れだと、希はそう言ってるだろ」
 「…………」
 「…………」
 「え?」
 「だから、希が聞いてきたんじゃないか。婿にきてくれるのか、と。おれはオーケーだぞ」
 「な、何をいきなり言う!」
 「いや、まさかいきなりプロポーズされるとは思わなかったが、ノープロブレムだ」
 「違う! そんなのしてない!」
 「素直じゃないなぁ」
 「違う! だれがプロポーズなんて! そんなのわたしからはしない!」
 「じゃ、おれからするよ。結婚しよう、希」
 「え」
 いきなり優しい笑顔で、怜悧が言う。希は彼の腕の中で硬直した。
 「おまえがその気になったときでいい。でも、返事は今聞きたい」
 「ま、まだわたし、十七だよ」
 「もっと後がいいならそれでも構わないよ。でも、もう結婚できる年齢だな」
 「だ、大学も行きたい」
 「行けばいい。待てと言うなら待つ」
 熱い怜悧の視線。まっすぐに、怜悧は希の瞳を見上げる。
 「……困らせないで」
 「困るようなことなのか?」
 片手がそっと希の頬に。
 「希がおじさんとどう話すつもりかはわからないけどな。おれにはその覚悟があるよ。本当に駆け落ちしてもいいし、いつでもおじさんにおまえをくれと言いに行く覚悟もできてる」
 「わたしは、お父さんにも祝福して欲しい。外泊禁止くらいは、覚悟しなきゃいけないと思ってる」
 「却下だ。……と、また言いたいところだが」
 「…………」
 「そうだな、来年卒業したら同棲ということなら、譲ってやってもいい。当然泊まりなしでは会うぞ」
 「……どう、言えばいいの?」
 「おれが好きだって言ってキスしてありがとうって言えばいい」
 「そ、そうじゃなくて! お父さんに、どう言えばいいの?」
 「ん〜、無断外泊は謝って、でも大学に入ったら同棲したいと正直に言え。なんなら結婚でもいいぞ。その場合はおれもちゃんと挨拶に行く。ま、一発くらい殴られる覚悟はするさ」
 「本気で、言ってる?」
 「疑うか?」
 二カッと、怜悧はきっぱりと笑う。希は迷わず首を横にふって、彼に抱きついた。
 「わかった。認めさせる」
 「なんなら、今日もついていってもいいぞ」
 「……それは、どっちがいいんだろうね。とりあえず一人で行ってみる」
 「うーん、心証をよくするなら、やっちゃってすぐに責任をとるという行動を見せた方がいい気もするが」
 どうしてそういう表現をするのか。
 「また殴るから」
 「頼むそれだけはやめてください」
 希はくすりと笑った。
 「怜悧がいきなりでていくと、お父さんを余計意固地にするだけな気もするよ?」
 「難しいところだな。おまえが決めろ。来いと言うなら行くし、来るなと言うなら行かない。おれとしては行きたいが」
 「……わたしも、一緒に来て欲しい」
 まっすぐに怜悧を見つめて。
 「でも、一人で行く」
 希はきっぱりと言った。
 「大丈夫か?」
 「信用して待ってて。明日、家はあれだから、朝十時にまた公園でいい?」
 「オーケー」
 「もしかしたら、今夜家をでてくるかもしれないけど……」
 「いつでも電話しろ。むしろその展開も嬉しいからありだ」
 その顔はどこから見ても本気だった。希は笑い出してしまう。
 「そうだね。でもがんばってくる」
 「ああ。がんばれ」
 うん、と笑い、希はまた怜悧を抱きしめて、その肩に顔をうずめる。怜悧もぎゅっと、希の腰に回した腕に力をこめた。
 「で、さっきの返事は?」
 「…………」
 希は思わず、怜悧の薄い服を握り締めた。
 「おれは本気だよ」
 「…………」
 結婚しよう。
 希だけに向けられた、最愛の人の言葉。
 希はそっと顔を上げた。
 「…………」
 「…………」
 優しく甘い、怜悧の瞳。希は、微笑んで、顔を寄せる。
 「好きだよ、怜悧」
 唇がそっと、彼の唇に触れる。優しく触れ合わせて、ゆっくりと離れる。
 「ありがとう」
 希は心から微笑んだ。
























 「だから返事はどうなんだよ?」
 「……え?」
 希は目をぱちくりさせた。怜悧はいつのまにかぶすっとしている。
 「YESかNOかはっきり言え」
 「…………」
 希は笑い出した。
 「キミって、こういう時、おばかさんだよね」
 「な、だ、だれがばかだよ!」
 「怜悧が」
 くすくす笑いながら、希はぎゅっと怜悧に抱きつく。「おれが好きだって言ってキスしてありがとうって言えばいい」、とかカッコイイことをほざいたのはいったいなんだったのだろうか。だが、そんな怜悧も可愛い。
 「いつかわたしから、プロポーズしてあげるよ」
 愛してるって言いながら、ね。
 心の中で呟いて、希は素直でないことを付け加えた。
 「なんとなく癪だし」
 「な、なんだよそれ!」
 「あはは。ほら、機嫌なおしてよ」
 頬に、鼻に、瞳に、そっとキス。怜悧も力をこめて、抱き返してきた。








 concluded. 

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初稿 2004/04/04
更新 2014/09/15