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 夢の続き

  Taika Yamani. 

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  番外編その3<上> 「ナンパ野郎と下級生」


 お気に入りのブルーのチノパンに、白黒ストライプの、ちょっと襟ぐりが横に広い長袖シャツ。比較的温かい天気だが、寒くなるかもしれないから念のために上着を腰に巻いて、背には身体に比べると大きい茶色い革リュック。髪はゆったりと一筋に編んで背に流し、前髪が邪魔にならないようにヘアバンドでとめる。後はすっかりなじんだ黒ブチメガネを装着すれば出かける準備は完璧だ。
 葉山月学園高等部二年、十六歳の此花希は、戦闘準備を整えると、一階に降りた。
 母の茜は朝食の後掃除などしていたようだが、今は父と一緒にリビングではくつろいでいた。希がひょいと顔を覗かせると、目ざとく気付いて笑いかけてくる。
 「あら、希ちゃんも今日はでかけるのね」
 「うん。夕方には帰ってくるから」
 「またデートかしら?」
 「デートじゃないよ」
 「どうせなら、せっかくのお化粧の腕前を見せてあげればいいのに」
 「だからデートじゃないよ」
 父蔵人は、もともと渋い顔をさらに渋くした。
 「そーだぞ、お母さん、希がデートなんて十年は早い」
 「まあ、そうね、いまの希ちゃんならすっぴんでもまだまだ敵なしよね」
 父の言葉を聞いていない母。希はくすくすと笑った。
 「ありがと。じゃ、行ってくるね」
 「あ、待って、希ちゃん」
 「ん?」
 「わたしたちも午後ちょっと出かけるから、夜は遅くなるかもしれないの。夜ご飯はどうしましょうか?」
 「そんなに遅いの?」
 「一応七時より遅くなることはないと思うけど。そうよね、あなた?」
 「ああ。仕事先の知り合いにお茶に誘われてな。ただ下手すると夜まで引き止められるかもしれん。いや、もちろん希がいる我が家に帰ってくるぞ、お父さんは」
 「ん〜、わたしのこと気にしなくていいよ。ご飯も外で食べてこようかな?」
 「いやいや、そこまでしなくても。日曜くらいお母さんの手料理をだな」
 「そうね、わたしも作る余裕ないかもしれないし、そうしてくれる?」
 またまた父の発言は黙殺される。
 「わかった。楽しんできてね」
 「希ちゃんもね」
 「……妻子が冷たい……」
 「あはは。お父さん、行ってきます」
 「ん、あ、ああ! 楽しんでおいで!」
 「行ってらっしゃい」
 「はーい」
 明るく笑って、希はリビングを出た。
 去年の十月より前とは、うって変わったように明るい両親。希が暗かった反動か、二人とも「望」の記憶よりさらに明るくなったような気がしなくもない。希はそんな二人を嬉しく思いながら、愛用のスニーカーに足を突っ込んで、元気よく家を飛び出した。
 五月の日曜日、外はまさに五月晴れだ。
 さわやかな空気をおなかいっぱいに吸い込んでから、希ははきはきと歩き出す。
 大きなターミナル駅で同級生の男の子と待ち合わせしているが、約束の時間は十二時。十時前に家を出た希は、十時半過ぎにその駅に到着した。時間より早くでてきたのは大手の本屋さんに立ち寄るためだ。たいていの本は地元の本屋でそろうのだが、マニアックな本は大きな本屋さんでないと手に入らない。この日の希の目的は一冊の絵本だった。
 絵本や童話といった本を「望」だったころの希はあまり見ていない。ゆえにこれは「希」の記憶に引きずられていることになるが、実際読んでみると大人が読んでも面白い童話や絵本も少なくない。お気に入りの作家の新刊が出たというので、待ち合わせ前に遠征することにしたのである。
 ちなみに部屋に篭りっきりだった「希」は、それまで本などは注文して宅配してもらうか、両親に買ってきてもらうという手段をとっていた。それはそれで楽だが、本屋という空間でのんびりと楽しそうな本を選ぶのも悪くはない。この日希はけっこうわくわくしていた。
 のだが、その幸せな気分は、出端を第三者によってくじかれた。歩いていると、声をかけられたのだ。
 「こんにちは。今一人?」
 さわやかそうなファッションの若い男。希は一瞥すらせずに、無視して足を速める。
 「そんなに急がないでさ。待ってよ、どこにいくの?」
 「…………」
 「急にごめんね、あんまり可愛くてつい声かけちゃったんだよね」
 「…………」
 「何か急ぎの用なのかな?」
 ナンパは一言でも口をきいたり、立ち止まると相手をつけあがらせることになる。もちろん、相手を即座に撃退する自信があるなら言葉を返すのもありだが、相手だって断られて当然、ガンシカ(一目見ただけでシカトされること)で当然くらいの感覚でしかないのだ。まともに付き合うだけ時間の無駄である。
 さらに二言三言声をかけてきたが、希は一切相手にしなかった。男の方もやがて「ごめんね」などと言って足を止める。
 これはまだましな方だった。少し行ったところでまた声をかけられた。今度は二人連れだ。
 「チョットチョット。そこの彼女、きみ可愛いね」
 「どっかでみたことあるんだけど、もしかしてモデルとかやってるんじゃない?」
 「…………」
 男ってなんて浅ましいんだ。希はため息をつきたい気分になりつつ、これも完全に黙殺した。
 が、その二人組みの後にも、さらにくる。
 「きみナンパされてたみたいだね」
 キザ系のスーツを着た男だ。
 「可愛いもんな、よくされるだろ?」
 たかだか十分もない距離なのに、なぜこんなにも。だんだんと腹が立ってくる。
 「ああいうちゃらちゃらしたのに声かけられてもうざったいだけだよね」
 希としてはこの男の方が余程うざったかった。目くそ鼻くそが笑うようなものである。これもさらにしつこく話しかけてきたが無言で通り過ぎる。最後に「おたかくとまっりやがって」というベタな声が聞こえた気もするが、完全に無視だ。
 四人目の相手はがちがちだった。本屋の目前で声をかけてくる。
 「あ、あのこんにちは! 今日はなにをやってるんですか?」
 「…………」
 黙殺で撃沈。が、この彼は友達連れだったようで、すぐに別の男が追ってくる。
 「ごめんね、あいつ口下手でさ。キミに一目ぼれしたみたいなんだ」
 「…………」
 「もしよかったら少しでいいから話をしてやってくれないかな?」
 もしかしたらこれは真実だったのかもしれないが、いちいちそれを信じていたらすぐ身も心もぼろぼろである。希はやはり相手にせずに、本屋の中に突入した。
 ここまでくれば一安心だろうが、無言をつきとおしたためにいらいらも募っていた。いっそ思いっきり怒鳴ってやればよかったと思いつつ、希はエレベーターで童話や絵本のフロアに向かう。
 穏やかなはずの気分は思い切り荒らされている。が、いつまでも気にしてはその分だけ損である。希は一つ深呼吸をすると、気持ちを入れ替える。
 「よしっ」
 一つ頷くと、強引に、気持ちを入れ替えた気になったことにする。が、ゆっくりと歩きだしたが、ここで、子供が走ってきて希の足に体当たりを食らわしてきた。
 「きゃん!」
 「っと」
 自分もぐらつきながらも、とっさにその男の子を支える希。四、五歳だろうか。元気のよさそうなその男の子は、鼻を押さえて目に涙を浮かべていた。
 「大丈夫?」
 希もぶつかった足がかなり痛いのだが、即座に目線を合わせるように膝をついて、その子の肩を支える。後ろから父親らしい男が急ぎ足で歩いてきた。
 「こ、こら、走ったらだめじゃないか!」
 「うっく」
 いきなり怒られて大粒の涙をこぼす男の子。希は片手でその頬をなでながら、ポケットからハンカチを取り出した。
 「いえ、わたしも前を見てなかったんです。そんなにきつく言わないであげてください。――キミも泣かないで」
 「うぐ、う、うん」
 男の子は目をごしごしとこする。希はハンカチでそっと、その涙をぬぐってあげる。
 「も、申し訳ない、悪ガキで……」
 「いいえ。気にしないでください。わたしも、ごめんね。でも、本屋さんで走り回っちゃ危ないよ」
 「う、うん」
 「ほら、おまえもお姉さんに謝りなさい」
 「おねーさん。ごめんなさい!」
 ごめんなさいと言いながら、その子はいつのまにか笑っていた。希も笑うと、もう一度男の子の頭を撫でてから、父親に軽く頭を下げて、その場を去った。
 少し行って振り返ると、男の子はぶんぶんと腕を振ってくれる。希は笑顔で手を小さく振り返して、もう振り返らなかった。
 「良くも悪くも、他人の存在って気持ちを簡単に動かすなぁ」
 なぜだろう、こちらが被害者のはずなのに、その親子の出現は希の気持ちを和らげていた。なんだか一気に気分が晴れるから不思議だ。ほのぼのした気持ちになってしまう。
 そのまま、優しい気持ちで絵本コーナーを歩く。
 歩きながら、希はふと「この場所は男のままで一人だったらけっこう恥ずかしかったかもしれない」と気付いた。もちろん堂々としていて全然悪くない場所なのだが、客も親子連れや女性が多いために、かなり居辛い雰囲気がある。「がんばれ本屋」と思わなくもないが、現実問題として主要な客層に対応したディスプレーでもあるのだろう。女の身体で得した気分を味わいつつ、希は購入予定の本の有無をしっかりとチェックした後、のんびりと他の本を見てまわった。



 気付くと十一時五十分をまわっていた。長居をしすぎてしまった。希は急いで数冊の本を手に取ると、レジに持っていったが、こういうときに限って間が悪く混んでいる。内心困りながら列に並び、希は携帯を取り出した。待ち合わせ相手に、手早くメールを打つ。
 『ごめん、十分くらい遅れる』
 送信してすぐ携帯がゆれた。通話の着信だが、列に並んだまま電話を使う気はない。
 すぐにその震動はおさまっていたが、会計を済ませてエレベーター前でまた待たされるうちに、メールがふってきた。ちなみにすでに五五分をすぎている。十二時までは絶対無理だ。
 『ゆるさんヽ(*`Д´)ノ 覚悟しとけ』
 ちょっと笑ってしまう。一階につく間に、またメールをうって送信。
 『十分くらいで心が狭いよ』
 早足で駅に向かっていると、返事はすぐにきた。
 『遅刻する方が悪い。いま電車か?』
 「ねえ、きみ、一人? 何してるの?」
 「またか。消えろよ」
 冷たい視線で睨みつけて、男言葉で乱暴に言い捨てて、相手が怯んだ隙にさっさと歩く。小柄な女の声と顔なので迫力を出すことは難しいと思ったが、さっきより人ゴミが多いせいかすぐに追求はなくなった。が、さらに少しいったところで、予想外の事態に遭遇した。
 「やめろ! 蛍に触るな!」
 女の子の元気な声。
 「まあまあ、そう言わないで」
 「ねえキミ、いいだろ、おれたちと遊ぼうぜ」
 清楚な女の子と、ボーイッシュな女の子の二人が、軽そうなファッションの二人に声をかけられている。声を上げたのはボーイッシュな子で、清楚な子の方は手首をつかまれていた。
 「離せ! だれがおまえらなんか! 蛍も、ちゃんと抵抗しろよ!」
 本当に、こういう男どもの頭の中をいっぺん分解してみたい。希は不機嫌になりながら、その四人に近づいた。本来なら無視するところなのだが、女の子二人は葉山月学園高等部の制服を着ていたのだ。リボンの色からすると一年生だ。
 「あなたたち、一年生ね、ほらこっちきなさい! こんなところで制服でなにやってるの?!」
 わざと女っぽい言葉遣いで少し鋭く大きな声で言いながら、清楚な女の子の腕を引っ張って身柄を確保する。確保といっても希の方がまだ小さいから、半分しがみつかれるような体勢になった。
 「え?」
 「な、何だよ、おまえは」
 「きみも可愛いね。同じ学校なのかい?」
 「あなたたちには関係のない話よ。視界から消えて。この子たちはあなたたちの相手をするような子じゃないの」
 「そ、そうだそうだ! ボクたちはおまえらみたいな男に用はない!」
 ボーイッシュな方の子は、いつのまにか希の後ろにいて、顔だけ覗かせて声を出した。希はなぜかまじまじと顔を見上げてくるもう一人の少女に内心ちょっと戸惑いつつも、表面上は冷たさを崩さずに、片手の携帯電話を軽く掲げて見せた。
 「これ以上つきまとうなら人を呼ぶよ。何なら警察でもいいし」
 「な、おれたちはなんにもしてないだろ!」
 「……物騒なお嬢さんだね。もうやめとこう、行こう」
 「お、おう!」
 人目が集まりだしていることにも気付いたのかもしれない。男二人はここでひいてくれた。希は微かに吐息をついて、改めて二人に向き直る。
 「あ、あの」
 ボーイッシュな子が何か言いかけるが、希は言わせなかった。
 「キミたちも、向こうはダメ元くらいの気持ちなんだから、一々相手になんかしないことだね」
 「渚を責めないでくださいまし! すべてわたくしが悪いのです」
 声を上げたのは、それまでずっと黙っていた清楚な雰囲気の子だ。
 「わたくしが手をつかまれてしまって……」
 「う、蛍、自分だけいい子ぶって……」
 清楚な子の名前を蛍、ボーイッシュな子の名前は渚というらしい。渚はなにやら恨めしげな視線を蛍に送るが、希は深くは気にしなかった。無造作に言う。
 「なんにせよ、もっと注意した方がいいよ。それができないならこんなところにくるべきじゃない」
 「う、しょ、しょぼん……」
 「……しゅん」
 擬音を口で言う渚と蛍。反省の色が微妙に見えないが、子供っぽく可愛い二人の態度だ。希は思わず笑みを零してしまった。
 「ま、余計なお世話だけどね。じゃ、気をつけてね」
 「え」
 「あ」
 希が身を翻すと、後ろから二人にリュックをつかまれた。
 「うぎゅ」
 上体が引っ張られて、希の息が一瞬詰まる。
 「な、なんてことするかな」
 「あ、ご、ごめんなさい!」
 「も、申し訳ありません……!」
 二人とも謝るが、リュックから手を離す気配はない。振り向くのも一苦労だ。
 「その手を離しなさい」
 「あ、え、えっと。あの、助けてくださってありがとうございました!」
 渚の少し大きな声。さっきからじろじろと通りゆく人たちに眺められているのだが、目に入っていないならしい。その横で蛍も、希のリュックを持ったまま、こくんと頷く。
 「こんなにもキレイで可愛いらしい方ですのに、とてもステキですのね……」
 蛍の瞳はなぜかとても真剣だった。渚の瞳もなにやらキラキラとやたらと輝いている。
 「ですです! こんなに小さい身体なのに凛としてて、かっこよかったです!」
 小さい身体で悪かったな、と希は思ったが口には出さない。そっけない声を出した。
 「いいから離して」
 「あ、ご、ごめんなさい!」
 謝りつつも、やはり二人は手を離さない。
 「あの、此花希先輩、ですわよね?」
 「…………」
 一瞬だけ、希は動きを止めた。「望」だった時は初等部からずっと同じ学校だったこともあって、前後の学年にはしっかり顔が売れていた。が、「希」は高等部からの入試組だから、この春に入学した下級生にまで顔が知られているのは、希にはちょっと意外だ。
 「とりあえず、まず手を離しなさい」
 そう言った時、携帯がまた震えだす。メールの返事が来ないから、待ち合わせ相手がまた痺れを切らしたのだろうか。
 「あの、逃げたり、なさいませんか……?」
 「ボク、叫んででも追いかけますよ」
 「…………」
 「女でなければ殴っているところだな」、という希の心の声は当然二人には届かない。
 「望」だったときこういう女の子は少なくなかったが、そっけなくすることでたいていの子はひいてくれた。この小柄な身体では甘く見られてしまうのか、それともこの二人が異常なだけなのか。真剣な眼差しを向けてくる二人に、希は本気でため息をついた。
 「これ以上、何の用?」
 「わたくし、一年一組の一ノ瀬蛍と申します」
 「ボ、ボク一組の斑鳩渚ですっ!」
 「ホタルにナギサね。覚えたよ。だからいい加減本当に離して」
 「逃げたりなさいませんか?」
 「ボク、叫んででも追いかけますよ」
 リピートする会話。希はいらいらしてきた。
 「本気で殴りたくなってきたな」
 「え?」
 「あ!」
 一瞬の早業だった。希は一見無造作に身体を回転させると、勢いで二人の腕をリュックから払った。そのままダッシュで駆け出す。
 「じゃあね!」
 「…………」
 「希先輩、まってください〜!」
 「う」
 本気で渚は走って叫びながら追いかけてきた。人目が痛すぎる。しかも渚はかなり足が速い。引き離せない。
 決めたら迷わないのが希のいいところだ。希はすぐに、きっぱりと諦めた。
 「つかまえました!」
 渚が、希の腕に抱きつく。
 「待ってくださいまし〜」
 蛍の方は、こちらは見かけどおり足は速くないらしい。希は「しまった逃げ切れたかな」と思ったが、下手すると二人がはぐれて蛍が一人きりになった可能性もある。やれやれ手を出さなければよかった、とまで希は思ったが、後の祭りだった。
 「あの、ボクたち、不安なんです。またからまれたらと思うと……」
 渚が自分の身を使って脅迫してくる。隣でまっすぐに希を見つめてくる蛍の視線も痛い。
 「わたしに、そこまで面倒を見る義理があるの?」
 「だ、だって、一度拾ったら最後まで面倒を見るべきだと思いませんか?」
 「…………」
 隣で、蛍はコクンと頷きながら、希を痛いくらいに見つめたままだ。
 「キミたちは犬猫?」
 「……先輩のペットでしたら……」
 何を考えているのか、いきなり真顔でそんなことを言う蛍。渚ももじもじした。
 「ボ、ボクも希先輩になら……」
 希は頭痛を覚えた。希のなにを知っているのかは知らないが、どうも第一印象でやけに気に入られてしまったらしい。少なくとも「自分たちに害をなす存在ではない」という認識があるのだろうが、この絡みとられるような懐かれ方は、希としてはあまり嬉しくなかった。
 希は現実逃避的に、携帯で時間を確認した。十二時をとっくにまわって、携帯の震動もいつのまにか止まっている。メールが二件入っていた。
 『いったいなにやってるんだ?』
 『返事ができるようになったらすぐ返事しろよ。心配させるな』
 「あの、希先輩はこれからなにを?」
 「友達と遊ぶ予定」
 「あ、お一人ではなかったのですね……」
 目に見えて蛍はがっかりした。渚も「しょぼん……」などと気を落としている。
 「キミたちはどうするの?」
 「ボクら、ウィンドウショッピングをしようと思ってたんです……」
 「でも、二人だけだと、あまりもう楽しめませんわ……」
 「うん……ボクたち、二人だけでいると、また怖い目にあうかもしれないし……」
 十五、六歳の二人なら、危ないところに近づかず、変な男に油断しなければそうそう危険なことはない。のだが、見ていてなんだかこの二人は危なっかしい。希はまたため息をついた。
 「じゃあ、帰る? 駅までなら送っていくよ」
 「え、いいんですか?」
 「何か、約束がおありなのでは?」
 「駅で待ち合わせだから問題ないよ」
 言いながら歩き出す。二人は慌てたようについてきた。
 「友達って、複数なんですか?」
 「一人」
 「仲がよろしい方なのですね」
 「まーね」
 「ねえねえ、キミたち、どこにいくの?」
 この日何人目なのだろう、もう数えるのすらうんざりだ。希は足を止めなかった。
 「その制服って、もしかして葉山月じゃない?」
 「三人とも可愛いね」
 渚と蛍が後ろからぎゅっと左右の腕をつかんでくる。
 「の、希先輩」
 「…………」
 歩きづらいことこの上ないのだが、希はむしろ足を速めた。
 「三人とも仲いいんだね」
 「先輩ってことは、キミこの子より年上なの? そうは見えないね」
 「うっとうしいな、消えろよ」
 希のその声は本気の一歩寸前。自分ではそれでも迫力がないかなと思っているのだが、その口調と言葉で相手は充分怯んだ。この日の待ち合わせ相手には通用しないのだが、初対面だとその口調はかえってインパクトがあるのかもしれない。そのまま速度を緩めずもう後は無視すると、相手も諦めてくれた。
 「の、希先輩ってやっぱりカッコイイです」
 嬉しそうな渚の反対側で、蛍はなぜかまたじっと希を見つめていた。
 「ありがと。ちょっと手を離して。携帯を使いたい」
 「あ、申し訳ありません」
 「ごめんなさい……」
 なにやら名残惜しそうに、二人は希の腕を自由にしてくれる。希はメールを打ち始めたが、すぐに蛍の声がふってきた。
 「……あの」
 「ん?」
 「……いえ、なんでもありませんわ……」
 「そう」
 なにが言いたかったのか、蛍は何か言いかけて口を閉ざした。希はさらりと流したが、渚がそれを気にする。
 「蛍、どうした?」
 「ええ、後で話しますわ。それより……」
 希の後ろで、ぼそぼそと内緒話が始まる。そんな二人を放っておいて、希は携帯でメールを送信。
 『ごめん、ちょっと後輩と会って。もう着くよ』
 ここで一度階段を使うと、待ち合わせ場所の改札前までもうすぐだ。
 「ここまででいいかな」
 希は後ろの二人を振り返った。
 「あ、は、はい!」
 「あの、本当に、ありがとうございました」
 「もういいよ。じゃ、気をつけてね」
 「ありがとうでしたっ!」
 意外に、二人とも聞き分けがよかった。希は立ち止まる二人と別れて、待ち合わせ場所に向かう。
 到着する寸前に、またメールが飛んでくる。
 『後輩ってだれだ? 希にそんな親しいのいないだろ』
 「失礼だなぁ」
 そのとおりなのだが、希は思わず笑ってしまった。
 改札前で、待ち合わせ相手、希の同級生の朝宮怜悧は、駅構内と携帯を交互に睨みつけていた。目立つ容姿の彼のそんな姿は人目をひいていたようだが、雰囲気が多少険悪なのでみな遠巻きに通り過ぎる。
 「遅れてごめんね。待った?」
 希がわざとらしく後ろから声をかけると、怜悧はばっと振り向いた。
 「……いや、今きたところだよ」
 距離が近づく。
 「なんて言うと思ったかこの馬鹿!」
 チョップがとんできた。希は笑いながら頭を押さえた。
 「ごめんごめん。でもほら、まだ十二時五分だよ。時間より五分も早い」
 「寝ぼけろ。後輩ってだれだ?」
 「知らない女の子たち。ナンパされててね、困ってたから」
 「待て、なんでおまえは外からくるんだ?」
 「ちょっと買い物したくて、早くでてきたから。今日はどこに行くの?」
 「…………」
 じぃっと、怜悧の視線が希の身体を這う。ん? と思って見返すと、いきなり手が伸びてきた。
 「何だよ、この服」
 「ひゅ」
 思わず変な声が出た。剥き出しの鎖骨を触られて、希は一歩飛びのいた。
 「いきなりなにする」
 「胸開きすぎだろ、それ」
 希は言われて、自分の胸を見てみる。胸も、胸元も、別に見えていない。ただ襟刳りが丸く横に広いため、キレイな鎖骨がちょっと顔を覗かせているだけだ。
 「おまえさ、よくその格好でナンパされなかったな」
 けっこうボーイッシュな服装なので、そんな格好といわれるほどの格好ではないはずなのだが、希はそこはつっこまないことにして、少し眉を寄せた。
 「された。うんざりした」
 「…………」
 「ほら、どこに連れてってくれるの?」
 「おまえさー」
 「お腹すいたな。混むだろうから急いでどっかいこう」
 「……はぁ」
 怜悧はため息をつくと、歩きだしながら希の手をつかんできた。希は自然な動きで、その手から逃れて距離を取る。
 怜悧は不機嫌そうな顔をしたが、希が横に並んで歩くと、再度手をとってきたりはしない。ぶすっとした顔のまま、睨みつけてくる。
 「……おまえさ、一人でこんなとこ歩くなよ」
 「うん、さすがにそれはちょっと今日で懲りたかな。ナンパ多すぎ」
 「……何人にされた?」
 「覚えてない」
 覚えてないくらいされたのかよ、と、ますます不快そうな顔をする怜悧。
 「……買いたいのがあるならおれに言えよな、朝からでも付き合うんだから」
 「キミと行くとうるさいし。やっぱり女の子の友達が欲しいかも」
 「女同士でもいっしょだろ、そんなもん」
 「難しいところだね。男って馬鹿が多い」
 「おまえがそれを言うのか」
 「そういう方向のことはあまり興味を持ってなかったからね。いい印象ない」
 「だいたい、男が声かけてくるのはおまえに隙があるからだ」
 「そうかもね。声をかけるのも躊躇われるほどという空気を持つには、我ながらまだまだ修行が足りないね」
 「……おまえは可愛いすぎだ。どこか無防備そうに見えるんだよな」
 「……キミに言われてもなぁ」
 「おれ以外のだれに言われたいんだよ?」
 「んー、可愛い女の子?」
 「やっぱりそういう趣味なのかおまえは」
 「やっぱりってなに」
 「やっぱりはやっぱりだよ」
 「でも、どこか無防備って、どういうの?」
 「世間知らずそうで騙しやすそうだ」
 「む」
 「嘘だよ。無垢そうに見える」
 「……それ、騙しやすそうって言うのとあんまりかわってない……」
 「あはは」
 やっと怜悧の機嫌が戻ってきたらしい。笑って髪を撫でてきた。身長差があるから、怜悧はどうも半分肘掛け感覚で頭を撫でているのではないか、という気が希はするが、嫌ではなかった。希は膨れて見せつつも、笑ってちょっとだけ身をすくめた。





 to be continued... 

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初稿 2004/01/09
二稿 2004/04/02
更新 2014/09/15