prev next


 ショートショート

  Taika Yamani. 

index 

  「えいっ」


 ※ この物語には一部残酷な描写が含まれます。ご注意ください。


 とあるマンションの七階の一室。とある朝。
 鈴木和行は十代後半で、比較的普通の体格の、一見はどこにでもいそうな男。――のはずだったのだが、その日自分の部屋で目を覚ました彼は女になっていた。
 身体を起こして、なぜか女物のパジャマを着ていることを自覚し、肩に流れてきた長めの髪を触り、ついでに胸と股間を確認する。
 「わお、すごいリアルな夢だな」
 「おはようございます〜」
 不意に、小さな甲高い女の声。和行が視線を横に向けると、親指ほどのサイズのソレが、おずおずとした顔でふわふわと空中に浮かんでいた。
 「鳩の羽を持った小人?」
 「え? あ、えっとぉ、そんな感じです〜。天使とか妖精とか言ってくださると、嬉しいです〜」
 「あは、変な夢」
 和行は無邪気に笑いながら、ソレをつんつんつついた。ソレはおっとりとした動きで、身をよじる。
 「やん、やめてください〜」
 「可愛いね、名前はあるの?」
 「えっとぉ、――です〜」
 「え? もっかい」
 「わたしの名前はぁ、――です〜」
 「……これはあれなのかな、よくSFとかファンタジーで出てくる、人間にはヒヤリングできない名前ってやつ?」
 「えっとぉ、そうみたいです〜?」
 「ふーん、まあいいや」
 和行はソレから視線をはずすと、自分の身体に興味を戻した。胸を両手でさわって、「やわらかいなー」とちょっと興奮気味に呟く。
 「面白い夢だね。ぼくに女装願望があったのかな?」
 言いながら、和行は今度は股間をさわる。
 「ほんとにないし。なんか変な感じだ」
 「あの〜、誤解なさっていらっしゃるようですがぁ、これは夢ではないです〜」
 「ん? 夢じゃなきゃなんなの?」
 「もちろん、現実です〜」
 「なわけないじゃない。キミだって現実にいるわけないし」
 「わたし、ちゃんといます〜」
 ソレは少し頬を膨らませて、和行に抗議する。和行は笑ってまた自分の身体をさわった。
 「でも、どう見ても女になってる感じだよ? これでも現実だって言うの?」
 「そのとおりです〜。もう完全に女の身体です〜。すぐに排卵も始まって、赤ちゃんだって生めるようになります〜。一生男には戻れません〜」
 「ハイラン?」
 「ですが安心してくださって結構です〜。ちゃんと魔法をかけて、あなたは生まれた時から女ということになっています〜。アフターケアもバッチリです〜」
 和行は股間に手を置いたまま、じっとソレを見た。
 「……魔法?」
 「はいです〜。理解が早くて助かります〜。わたくしはこれから、あなたの行く末を見守らせていただきます〜」
 にこにこと、ソレは空中に浮かんでいる。
 和行は、お約束どおり、手を自分のほっぺたに持っていくと、思いっきりつねった。
 「……痛い……」
 半分涙目になる。だが同時に、和行は、ばっとベッドから降り立っていた。
 「夢じゃない? 身体が女になってる?」
 「はいです〜」
 和行はもう一度、髪、顔、胸、股間をさわり、そして笑顔で浮かんでいるソレを見る。
 和行は少し取り乱した。
 「ぼくの身体が女になった? んなわけないよ。夢に決まってる」
 「いいえです〜、現実です〜」
 和行は「そんなわけない!」と怒鳴ると、部屋の中を引っ掻き回す。だが出てくるものは女物の衣服ばかりだった。卓上鏡を見ても、そこに写っているのは男ではなく、女の姿だ。
 「夢じゃない……?」
 「はいです〜」
 こくん、と、ソレは頷く。
 「わ〜〜〜〜〜〜!!」
 和行はわめくと、ベランダに続く窓へと突撃した。
 「夢だ、夢に決まってる」
 パジャマ姿のままベランダに出て、手すりの上によじ登る。
 「えいっ」
 和行は一瞬も迷わず、マンションの七階から飛び降りた。
 「あ」
 ソレはびっくりして声をだすが、その反応は遅すぎた。
 ひゅ〜〜〜ぅ、とでも音がしそうな勢いで、和行の身体は真下の駐車場へと落ちていく。七階だから聞こえるはずはないが、ソレの頭の中にはすぐに、ぐしゃ、という擬音が浮かび上がってきた。
 「……えっとぉ……」
 ソレはしばらくおろおろする。
 が、おろおろしていても何も解決しない。ソレはやがて地上まで飛んでいき、数秒前まで和行だった物体をじっと見つめた。
 「……わたくしのお役目はぁ、行く末を見守ることですから〜」
 誰にともなく、自分に言い訳するように、ソレは呟く。
 「もうお役目はおしまいです〜……?」
 疑問形で言っても、返事をしてくれる相手はだれもいない。ソレはさらに少し考えた後、何かをごまかすように大きく一つ頷いて、にっこり笑顔を浮かべた。
 「お役目完了です〜」
 パタパタと羽を動かすと、ソレはぐんぐんと上昇し、見知らぬ空へと消えていく。
 ありふれた、とある朝の出来事だった。








おしまい。 

index prev next

初稿 2004/05/21
更新 2008/02/29