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 ショートショート

  Taika Yamani. 

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  「うるさい」


 ※ この物語には一部残酷な描写が含まれます。ご注意ください。


 橋本京也は十代後半で、比較的普通の体格の、一見はどこにでもいそうな男。――のはずだったのだが、その日自分の家で目を覚ました彼は女になっていた。
 身体を起こして、なぜか女物のパジャマを着ていることを自覚し、肩に流れてきた長めの髪を触り、ついでに胸と股間を確認する。京也は天井を見上げて呟いた。
 「……世の中色々だなー」
 「って、第一声がそれかい!」
 甲高い女の声で、即座につっこみが入った。さすがにハリセンで後頭部をどつかれたりはしないが、なにやら小さな衝撃が、京也のこめかみに衝突する。ソレは京也にキックを入れると、ぴゅんとばかり京也の目の前に飛んできた。
 「ふふん、ちゃんとリアクションしない人間はこういう目にあうのよ」
 親指ほどのサイズのソレは、なにやら無駄に胸を張って、偉そうに笑って京也を睨みつけている。
 「……カラスの羽を持った小人」
 「だれが小人よ! せめて妖精とか小悪魔といいなさい!」
 「じゃあ悪魔」
 「だれが悪魔よ!」
 「…………」
 自分で言ったくせに、ソレはなにやらぷんぷんしている。京也は深くかかわらないことにして、改めて自分の身体を見た。
 「へっへーん。もう完全に女の身体よ。一生男には戻れないんだからねっ。すぐに排卵も始まって赤ちゃんだって生めるようになるんだから!」
 「…………」
 「あ、一応安心しなさい。ちゃんと魔法をかけて、アンタは生まれた時から女ってことになってるから。名前は橋本京香ちゃん♪ さすがアタシ、アフターケアもバッチリよねっ」
 ソレはありがたいことに必要最小限の情報を即座に与えてくれた。嘘ならその時はその時だと思うことにして、京也――京香はベッドから降り立ち、タンスの引き出しをあけた。
 「こ、こらー! 無視するな〜!」
 「五月蠅」
 「だ、だれがゴガツバエよ!」
 ぴゅんぴゅん飛びまわって、音こそ軽快だが、その甲高い声は京香には騒音以外の何物でもない。タンスの中身もすっかり女物であることを確認した京香は、とりあえずパジャマを着替えにかかった。
 「ちゃんとブラジャーした方がいいよ〜。バランスもよくなるし、重みを支えてくれるし、胸のぽっちもこすれちゃうでしょ〜」
 「…………」
 淡々と、京香はそのままトレーナーとズボンを身につけた。ソレはそんな京香の態度が気に入らないようで、空中でじたばた手足を暴れさせる。
 「むっき〜! 無視するなー! というか、どうしてそう冷静なのよ!」
 「考えても無駄なことは考えないことにしてる」
 「そ、そう思っても実践できないでしょう、普通!」
 「他人は知らない」
 そっけなく言い捨てて、部屋をでる。
 「知らないじゃないわよ〜! もっと驚いてよ〜! きゃーとか、やーんとか、ああ!? とか、鏡見て驚いたり泣いたりしてよ〜!」
 何を期待しているのか知らないが、ソレはくっついてきた。さらにあーだこーだ本当にうるさいが、ソレの思惑通り動かなくてはいけない理由など京香にはない。すぐトイレに入り――「キャー、初体験〜、ちゃんとできる? 変な方向に飛ばさない? 後はちゃんとふくのよ〜?」という発言を無視しながら――用をたし、手と顔を洗ってダイニングに入る。
 ソレはトイレでも京香が取り乱さなかったことが不満なようでまだ騒いでいるが、どうやら京香の家族には見えていないらしい。ダイニングに入ると、両親と弟はすでに起きていて、まるで何事もないかのように朝の挨拶をしてきた。
 「京香、おはよう」
 「お姉ちゃんおはよう〜」
 「あら、あんたなんで私服なの?」
 「おはよ。今日は学校休むから。朝も後で食べるよ」
 「え?」
 言い捨てると、京香はダイニングを出た。
 「へっへーん、アタシの魔法すごいでしょ?」
 威張りくさるソレを引き連れて、部屋に戻る。魔法だかなんだかは知らないが、少なくとも家族は京香を生まれた時から女だと思っているらしい。それが確かめられたらとりあえず充分だった。存在自体に疑問を抱かれないなら、生きていく上で不自由はない。仮に性格が変わったと家族や友人が受け止めたとしたら、いろいろ問題も起こるだろうが、そんなの京香の責任じゃないし、彼らしく無理はせずに生きるだけだ。
 京香は自室のドアをキチンと閉めると、椅子に座って改めてソレに向き直った。
 「で? 説明するつもりはあるのか?」
 「ほっほー、やっと聞く気になりましたか! 頭を下げて頼みなさい! さあ、頼みなさい!」
 京香は無表情に言い切った。
 「とりあえず、おまえはもうどっか行け」
 「ちょ、ちょっとちょっと、なによいきなりそれ! 普通元に戻る手段とか、なんでこうなったのかとか、アタシは何者かとか、イロイロ気になるでしょう!?」
 「おまえの普通なんか知らない。話す気があるなら話せ、ないなら消えろ」
 「むっき〜! ふんだ、じゃあこう言ってあげようか。アタシはアンタで遊んでるだけ〜♪ アンタは一生アタシに弄ばれる運命なのよ〜キャハハ〜!」
 「…………」
 京香にとって、なかなかに嬉しくない未来図だった。男だとか女だとかいう以前に、コレの存在自体が激しく面倒くさい。
 京香はソレに無造作に手を伸ばしてみた。
 「むぎゅ!?」
 ぴゅんと逃げられるかと思ったが、あっさりと、本当にあっさりと、ソレは京香の手に収まっていた。
 「ちょ、ちょっとなにするのよ! レディを鷲づかみにするなんてなんて失礼な奴なの!? 離しなさい! すぐ離しなさい!」
 京香はそのまま、両手で握り締めて、ぎゅっと力を入れた。
 ぷち。
 「…………」
 なにやら赤い液体が、京香の手をぬらす。
 「悪魔のくせに血は赤いんだなー」
 京香は他人事のように呟くと、血で床を汚さないようにしつつ片手でティッシュを何枚も取って、ソレをそこにおいて、自分の手をぬぐった。すぐにさらにティッシュを重ねて、ソレを丸めてしまうと、改めて強く握りつぶしてから、ゴミ箱に放り込む。
 まだゴミ箱は一杯には程遠かったが、キッチンのごみだし袋の中にさっさと持っていくことにする。ダイニングに入ると、父親と弟が心配そうな顔をしていた。母親がすぐに声をかけてくる。
 「京香、学校休むってどういうこと?」
 「どこか悪いのか?」
 「いや、病気じゃないよ。気が変わったからやっぱり行ってくる」
 「……お姉ちゃん、なにか変わった?」
 「……たぶんね」
 アレが京香の性格設定や過去をどういうふうにしていたのかは知らないが、弟が気づいたということは、やはり違いがあるのだろう。いつか摩擦も起こるのかもしれないが、今の京香は今の京香としてしか振る舞えない。どの道自分のせいじゃないし元の性格もわからない以上、無理をする理由もない。理由があるとしても、自然に振る舞うつもりしかない。
 「ま、いざとなれば精神病院でもなんでもいくさ」
 小さく呟いて、京香は今度は着替えるために、自分の部屋に戻った。








おしまい。 

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初稿 2004/05/21
更新 2014/09/15