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 キオクノアトサキ

  Taika Yamani. 

番外編 
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  没話その2 「初日の昼休み」 (第七話後)


 四時間目が終わり、翼が文月と手を洗いに行き、陽奈と合流して教室に戻ると、同じクラスの女子生徒三人がお昼を誘ってきた。翼は少しだけ考えてから、「気を遣ってるわけじゃないよね?」と、少し大胆なことを尋ねる。文月と陽奈は何か言いたげな顔をしたが、三人が笑って否定したから、翼は素直に彼女たちとお昼を一緒にすることにした。
 すぐに近場の席をくっつけあって、陽奈と文月も一緒に六人で一緒に食べる。六人ともお弁当だ。
 「どう? 学校は」
 お弁当を広げながら、陽奈がさっそく翼に話題をふってくる。陽奈と翼はそれぞれの母親の手作りで、文月のお弁当は兄の手によるものらしい。文月はお茶の入った水筒まで用意していて、なかなか芸が細かい。翼のお弁当は、母親が奮発したのか、妙に豪華だった。翼は母親の気持ちを少し考えながら、味わってそれに手をつけた。
 「普通かな。よく思ってない人もいるみたいだけど、どうこうしてくることもないし。みんなよくしてくれてるよ」
 「わたしが目を光らせてるもんね〜」
 「うん、でも、勉強がちょっときついかな。文月じゃ頼りにならないし」
 「むっ」
 膨れっ面になる文月に、西野美穂と中里翔子が笑う。
 「フヅキじゃね」
 西野美穂は細身ながらエネルギッシュで、ちょっと今風に派手な女の子だ。二年生になってから知り合ったのだが、文月とは馬があっている。遊ぶお金ほしさにいつもアルバイトをしているらしいが、根はまじめなタイプで、翼も嫌いなタイプではない。
 「フヅキちゃん、自分の分も、手がたりてないものね〜」
 中里翔子はちょっとぽっちゃりした外見の女の子で、メガネをかけている。映画鑑賞とお菓子作りが趣味らしく料理部所属で、見掛け通り、と言っては失礼だが、食べる方も好きらしい。文月も料理好きだから、たまに一緒にお菓子作り談義などしているという。
 「……わたしたちも、あんまり言えないんじゃ……」
 小声でつっこんだのは楠木由香。由香は小柄で大人しいタイプだが、こう見えて運動はかなりできる子で、去年のマラソン大会では学年のベストスリーに入ったツワモノだ。もっと性格が強気で身長と体力があれば、運動部の主力選手だったかもしれない。
 「勉強は後でわたしが見てあげるね」
 陽奈は隣のクラスの面々の言葉にくすっと笑うと、翼にだけ向かって、小声で囁く。文月はプンスカして話題を変えた。
 「でも男子、あんまり話しかけてこないよね。ちょっとつまんないっ」
 翼の気のせいなのかどうか、空気が一瞬、ぴきっと音を立てた。翼はそれを察しつつ、さらりと流す。
 「先生が言ってくれてるみたいだからね。正直助かるかな」
 「久我山さん、今男子、本当にだめなんだ?」
 「美穂ちゃん……」
 微妙な話題と思ったのか、楠木由香が少し焦ったような顔で小声を出す。翼はさらりとそれも流した。
 「普通に話す分には問題ないよ。無理に近づきたいとも思わないけど」
 「でも、気にしてたよ。桂谷くんとか」
 元の人格のツバサと比較的仲がいい方だったらしい男子生徒の名前を、今度は中里翔子が上げる。文月も一度は口に出していた名前だが、今の翼には気になる相手ではない。
 「別に無理に仲良くする理由もないし、面倒くさいから、当分は最低限度でいいよ」と、翼はまた簡単に言葉を返した。文月は「成り行き任せなんだよね〜」と笑い、陽奈も「そうだよね、無理してもしかたないからね」と笑みを見せる。
 西野美穂と中里翔子は、一瞬「桂谷くんも気の毒に」という視線を交し合ったが、彼女たちもすぐに一緒になって笑っていたから、なかなかにいい面々だった。
 食事が終わる頃に部活の先輩の乱入があったりしたが、つつがなく平和に、初日の昼休みは過ぎていった。








 concluded. 

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初稿 2005/02/25
更新 2014/09/15