キオクノアトサキ
Taika Yamani.
第十話 「それでも今は」
冬休みの一日、病院の帰り道に昼食を取って、本屋に寄り道してから翼が家に戻ってくると、なぜか友人の蓮見陽奈が、翼の部屋で椅子に座って翼のノートパソコンをいじっていた。
「あ、おかえりなさい、翼くん」
ドアが開いた音に、陽奈は少し固い笑顔で、椅子から立ち上がった。
視力があまりよくない陽奈は、部活を考慮してか普段はコンタクトなのだが、この日はメガネをかけていた。陽奈のメガネ姿を見慣れていない翼は、素顔との印象の違いに少しドキッとさせられたが、それを顔には出さない。翼は自室のドアを閉めながら、ただいまと応じる。
「いつ来たんだ?」
「ん、お昼頃。出直そうと思ったんだけど、亜美さんがどうぞって。ごめんね、勝手にあがりこんで」
「いいよ。暖房もつけないでよく寒くないな」
男だった時ならともかく、今は陽奈に見られて困る物は存在しない。相変わらず高域に抜ける澄んだ声には不釣合いな口調で返事をすると、翼はナップサックを床に放り、エアコンのスイッチを入れてから、脱いでいたコートをハンガーにかけた。
「翼くん、いつ帰ってくるかわからなかったから」
「そんなの気にしないでいいのに」
大晦日も差し迫った、十二月下旬。昼下がりの時間だが、暖房がついていなかった室内はちょっと肌寒かった。
「ありがとう」
陽奈は少し微笑んで、椅子に座りなおす。翼は陽奈の礼を軽く聞き流して、ベッドボードに置いていたコンポのリモコンでCDを再生させた。比較的大きな音量だったから、すぐに音を小さくする。
「……もう、身体は平気?」
「ああ。今日は朝から問題なし」
「よかった」
陽奈はさらに何か言いかけて、そのまま口を閉ざした。翼は「今日おれがどこに何をしに行ったか知ってる態度だな」と思いつつ、ベッドに腰をおろす。
「忘年会はさぼったのか? 文月はまだいるんだろ?」
「ん、文月はキャプテンだからね、見捨ててきちゃった。翼くん、どうしてるかなって思って」
気軽な話題が出たからか、陽奈の表情が緩む。翼も少し笑った。
「後でなんか言われそうだな」
「わたしはもう言われちゃったけどね」
「ご愁傷様」
バスケ部は午前中に今年最後の練習をして、お昼から男子部と一緒に忘年会に突入している。翼の記憶通りなら中学時代から毎年恒例のことで、夕方までバカ騒ぎを繰り広げることになるはずだ。男子部の大部分は、その後も夜の宴会になだれ込む。
「飛鳥ちゃんも今頃騒いでるのかな?」
「飛鳥も部活、今日までって言ってたよね」
「まさか中学でお酒はないだろうけど」
「高校生もお酒はダメだよ」
「ま、女子はそうなのかもな」
「翼くんだって女子だよ」
陽奈の反応は不自然なほど早かった。翼は「そうだな」とさらりと受ける。陽奈は数秒黙り込んだが、すぐに自然に会話を流した。
「みんな、翼くんは来ないのって言ってたよ」
「いいよ、今は。面倒くさいし」
「……翼くんって、翼よりめんどくさがり屋さんだよね」
「……かもな」
例の微笑を浮かべる翼。
「で、遊びにきたのか? 電話してくれればよかったのに」
「ん、じゃまだった?」
「かまわないよ。部屋の掃除をするつもりだったけどね」
「あ、大掃除?」
「一応ね」
「もう今年も終わりだしね。わたし、手伝ってあげようか?」
「今日はいいよ。急ぐことでもないし」
「でも、大晦日から田舎行くんでしょう?」
「まだ時間あるから問題ないよ。なんか遊びたいなら付き合うけど?」
「ん、今日は、そういうんじゃないよ。久しぶりに、翼くんと二人だけで話したくて」
陽奈の表情は、笑顔だがまっすぐだった。翼は、最近態度がよく揺れる陽奈の内心をあれこれ推測しながら、さらりと笑みを返す。
「文月たちの前ではできない話?」
「そうじゃないけど、なんでもない話、したかったんだ。いつも文月か飛鳥がいるし」
「そうかな? そうだな。自転車だとあんまり話せないもんな」
「そうだよ。翼くん家にこもってたし、全然ちゃんと話してないよ」
翼は何気なく言葉を返しているつもりなのだが、陽奈の口調は妙に固い。
「ま、いいけどな。じゃ、久しぶりにチェスでもやろうか。陽奈ちゃんのクイーン落ちで」
気になる女の子と密室で二人きりでただ話しているだけだと、翼は何かやっていないと、間を持たせる自信がない。
「嘘じゃないからね。亜美さんに話を聞くまで、そのつもりだった」
誰もそれが嘘だなどと指摘していないのに、陽奈は脈絡なく話題を変えた。
「産婦人科の先生は、なんておっしゃったの?」
陽奈の様子からこれが来るとわかっていたから、翼はあっさりと返す。
「お大事にって」
「あは、それ面白いね」
陽奈は笑ったが、メガネ越しの瞳は微塵も笑っていない。
「別に薬を貰ってきただけだよ」
翼が小細工をして事実を答えると、陽奈の視線が余計に鋭くなった。
「ピルを貰ってきたの、わたしには教えてくれないんだ?」
ピル。俗に言う経口避妊薬。
翼は今度は、言葉を返す時間を貰えなかった。陽奈はたたみかけるように言葉を紡ぐ。
「亜美さんに聞いたよ。卵巣摘出とかバカなことまで考えてたって。どうして隠し事するの? どうしてなんでも一人で決めるの? わたし、そんなに役に立たない? 相談相手になれない?」
「迷惑をかけたく――」
なかっただけとか言ったら怒るのかな、と言おうとした翼を、陽奈は真剣な顔で遮った。
「怒るよ」
翼は微苦笑を浮かべる。
「今日はその話をしに来たのか?」
「違うよ。さっき亜美さんから聞くまで、わたし翼くんがそんなこと考えてるの、本当に知らなかった」
「別にたいしたことじゃないと思うけど。排卵を止めるためにピルを飲む。それ以上でも、それ以下でもない」
「本気で怒るよ」
陽奈は椅子から立ち上がっていた。翼は後ろに手をまわして、ベッドに両手をついて、座ったまま天井を見上げる。
はじまりは、文月と友達になるより前の、十一月の前半。
それはまず、オリモノ、女性器からの分泌液の量の変化という形であらわれた。自浄作用などの働きがある自然なオリモノは、いつでも多少はあって不思議ではないと言われる。個人差もあるというそれは、翼は普段は量が少ないようで、その日まで気にしたことはなかった。
今では翼は、「排卵前にその量が増えるのはおかしなことではない」という知りたくもなかった知識を持っている。が、初めてそれを自覚した時は何かの病気かと思ったし、婦人病を疑わなければいけない自分の身体を激しく呪った。
だいぶ落ち着いていた気持ちが不均衡に陥り、三日ほど体調を崩したのはこのせいだった。すぐに母親に相談して病気ではないことは理解したが、その次にやってきたそれに、翼は精神的に耐え切れずに、一日寝込んで過ごした。
排卵痛。下腹部の内臓として左右に存在する卵巣のどちらかから、卵子が放出される際に感じる痛み。
嘘か本当か、女性の三分の一は意識すれば自分で排卵が自覚できるとも言われている。そのデータがどこまで正しいのか、翼は知らない。最悪なのは、他の誰かがどうなのかではなく、翼が排卵などというものを、自覚したくもないのに自覚できてしまうことだった。
排卵痛を感じない女性も多いらしいが、翼の排卵痛自体も、痛みと言えるほどの痛みでもない。なのに体調にまで影響が出たのは、その感覚の理由を本能的になのか嫌でも悟ってしまうことと、それを無意識が拒絶してしまうからかもしれない。
痛みが去った後も、身体の違和感は強く残った。翼は哀しくなりながら、書籍やネットで女性特有の身体のしくみについての情報を求めた。
女性の卵巣に生まれた時から存在する卵子が、思春期以後、約四週間に一つずつ卵管に放出される現象。それが排卵。排卵後の卵子の生存期間は約一日と言われていて、その間に精子が結びつくと、妊娠につながる。月経は、受精卵の受け入れ準備していた子宮内膜の一部などが、血液とともに体外に排出される現象。排卵日の約二週間後が目安で、三日から七日ほどに渡って少しずつ排出される。
月経、俗に言うところの生理は、「精神的な影響から周期が狂ったり、とまったりすることもある」という豆知識は、翼は男だった時から一応持っていた。が、翼はだからとまってしまうことを期待したが、排卵が起きたということはその後の生理も必然だった。入院中にすでに一度体験しているから、これがあって不思議はないということはよくわかっていたが、泣きたくなるような認識だった。
二回目のそれは初回のように不意打ちではなく、心の準備をする時間を与えられたが、むしろその時間は翼にとって嫌な時間になった。体調も思わしくなく、予定日が近づくにつれて苛立ちはつのり、人前でそれを出さないようにするのは楽ではなかった。仕入れたての言葉である月経前緊張症という状況を疑ったほどだ。要は翼の感情が月経という現実を受け入れきれていない、というだけなのかもしれないが、それでも辛い日々だった。
そしていざ始まると、翼は全身でそれを拒絶した。
心の準備は、嫌々ながらもちゃんとしていたつもりだった。だが始まってみると、それだけはどうしても耐えられないことをすぐに自覚した。肉体的に直接、男が絶対に感じることのできない痛みが生じるせいなのだろうか。理由はなんであれ、客観的には平均を超える痛みではなかったのかもしれないが、無意識がそれを拒絶する。それが肉体に、拒否反応として跳ね返る。
まだ学校に通う前、十一月下旬の数日間、翼はほとんど部屋にこもって、陽奈にも文月にも会おうとせずに、CDをヘッドホンで大音量で聴き続けた。とにかく、より強い刺激で少しでも気を紛らわすしか方法がなかった。ごはんは母と妹に運んできてもらったが、吐きまくったため栄養剤にも頼った。睡眠もいつもより強い薬に頼ったが、トイレと入浴の時は嫌でも意識させられ、おそらく平均よりはるかに多くの回数、生理用ナプキンなどという男には縁がないものを取り替えたし、その都度吐いて泣きそうになった。
もう二度と経験したくないような、最低の数日間。
それは拷問に近かった。はっきり言って、これだけはいつか慣れてしまうという自信がまるで持てなかった。こんな経験を毎月毎月何日間もやっていたら、それこそ本当に病気になる自信があった。いっそ一度目の時のように、また自意識を飛ばしてしまいたかったくらいだ。
翼が産婦人科を訪ねたのはこの後のことだ。
ピルは、俗称として避妊薬という言葉を当てはめられているように、主に避妊を目的として使用される。が、もちろん今の翼は避妊に用はないし、避妊を考えなければいけないような行為をするつもりもない。ピルは、基本的にホルモンコントロールによって擬似妊娠状態を作り出し、排卵を抑制することで避妊の効果を得る。翼が求めたのは、その排卵自体の抑制だった。
本当は卵巣摘出の類の永久的手段をとりたかったくらいだが、保護者の同意が得られないことはわかっていた。ピルですら同意を得ることが難しいとわかっていたから、母親にわざと手術のことを話してみたが、話したとたんに彼女は怒った。翼はその反応は予想していたが、泣かれた時はかなり参った。結局、予定通り手術を譲歩する形でピルならと話を持っていったが、初めて見た母親の泣き顔は脳裏に焼き付いてしまい、現時点では永久的手段は放棄していた。
そんな翼だが、ピルで排卵を抑制すれば、生理が完全にこなくなると最初は考えていた。
だが詳しく調べて、そうではないことをすぐに知った。よく避妊に使用される低用量ピルは、基本的に二十八日周期で使用し、二十一日間薬を飲み続けてそこで一度飲むのをやめて、その約四日後に三日間ほど生理のような出血があり、それが終わってからまた薬を飲み始めるというサイクルになるらしい。なぜいちいちそんな面倒くさいことをしなくてはいけないのか、翼は理不尽に思ったが、これは身体の自然なサイクルを崩さないことを筆頭に、色々な理由があるためらしかった。無理に薬を飲み続けてその出血まで止めると、いつか子供を産みたくなってピルを飲むのをやめても、排卵が起きず無月経になることもあるらしい。
翼としてはむしろ無月経は望むところだが、健康な未出産の十代女性に、そうとわかっていて薬を処方する医者は善良とは言えない。つい最近精神科にお世話になっていたことや、まだつらい月経を体験した回数が少ないということもあって、医者はその時は薬を処方してくれなかった。
ある意味非常にいい医者にぶつかったとも言えるが、翼にとっては不満が残る結果だった。が、病院を変えることも考えたが、同時期に学校に通い始めたこともあって、医者の言いつけに従って一ヶ月様子を見る覚悟を決めた。
医者の説明を受けたこともあって、今ではピルについて、翼は以前より詳しく知っている。
ピルにはいい副作用と悪い副作用がある。どちらにも個人差があるため一度経験してみるまで最終判断は保留だが、翼は熟考の結果、とりあえず試してみるつもりだった。
いい副作用の方は、確実な物がいくつかある。当然だが、排卵が起きないから排卵痛は発生しない。薬で周期をコントロールするから、時期が安定する。必要にあわせて、周期を長くすることも短くすることもできる。正直なところ余計な出血日があるのでは翼にとってメリットは大幅減だが、それでも出血期間を抑えることができる。
その気になれば、医者に黙って薬を飲み続けることも不可能ではない。その場合は薬の消費量が増えるので、一ヶ月後の診断と、以後の三ヵ月ごとの診断でばれてしまうだろうが、抜け道は探せばいくらでもあるだろう。
そこまでするかどうか、翼はまだ決めていないが、十二月も排卵日にはしっかり寝込んだし、その後の体調も芳しいとは言えなかったし、つい先日まではまた拷問のような日々を味わったのだ。生理が期末試験の後だったことはまだ運がよかったと思うべきなのだろうが、クリスマスも家にこもりっぱなしだったことを思えば、自分が幸運だなんて翼には思えない。この状況に陥っているだけで充分不幸を感じる翼だが、その期間は不幸を通り越して絶望すら覚える。この時に感情を揺さぶられれば、翼は死ねるだけの衝動を簡単に手に入れてしまうかもしれない。
たいていのことは、嫌ではないなら、試すだけ試してみても今より極端に悪くなるとは思えない。それが今の翼だった。
「わたし、文月より役に立たない?」
「何をいきなり」
翼は少し苦笑して、天井から陽奈に視線を戻す。メガネの奥の陽奈の瞳は、真剣なままだった。
「いつまでわたしに遠慮するの?」
「文月にも話してないよ」
「当たり前だよ。文月が聞いたら絶対怒るよ」
「そうかな? 毎月何日も家にこもることを考えたら、文月は案外すんなり許してくれそうだけどな」
「わたしだって!」
急に陽奈が声を張りあげた。翼は少し驚いて、きつい表情の陽奈を見つめる。
「わたしだって、ちゃんと話してくれたら、とめたりはしない」
「……陽奈ちゃんは理詰めでやってくれるから。助かるよ」
「わたし、そんなにいい子じゃない。翼くんだって知ってるくせに」
陽奈の声のトーンがきつい。翼がピルの一件を隠していたことをきっかけに、これまでの鬱憤が噴出しているのだろうか。翼が初めて見るような陽奈の姿。翼は、らしくない陽奈の態度に、ちょっと戸惑いの笑みを浮かべた。
「まあ、そうかな。武蔵もそうだったよ。普段はまともなのに、譲れない時は常識なんてお構いなしなんだよな」
「翼くん、そのわたしに、少しも遠慮なんかしてなかったんでしょう?」
「……まあな」
「翼も、わたしに遠慮なんかしなかったよ」
武蔵と翼。陽奈と元の人格のツバサ。
「なのにどうして、わたしにもそう接してくれないの?」
「……わかってくれてると思ってたけど」
今の陽奈と今の翼。二人はあの日あの時が初対面で、そこから築いた関係は、翼と武蔵の関係とも、元のツバサと陽奈の関係とも、どちらとも違う。
「わたしにわかってるのは、今の翼くんはわたしに甘いってことだけだよ」
「…………」
甘いと言って責められるとは思わなかった翼は、微苦笑を浮かべる。が、陽奈はそんな翼の笑いに乗らなかった。むしろいっそう怒ったように、まっすぐに翼を睨む。
「翼くん、文月には遠慮してないよね」
「だから文月にも話してないよ」
「今日のことだけじゃないよ。わたしには甘いのに、文月には遠慮してない」
「文月と陽奈ちゃんは違うから」
その言葉は、文月にも言ったように、翼にとっては何気ない単なる事実。
だが陽奈に与えた影響は、翼の予想を越えていた。
「どこが? 文月とは親友で、わたしとはただの友達なんだ?」
さらにきつくなると同時に浮かぶ、正反対の表情。今にも泣きそうな陽奈の瞳。
「…………」
翼は一瞬見惚れかけた後、視線をそらせた。「もしかして、陽奈ちゃんは文月に嫉妬してるのかな」と自分に都合のいいことを思いつつ、気持ちだけは正直に告げる。
「二人とも、ちゃんと同じように友達だと思ってるよ」
「嘘だよ! 今自分で認めたよ。どうしてわたしに気を遣うの?」
「……そんなつもりはないんだけどな」
「ならどうして、文月とわたしとで態度が違うの?」
今の翼にとって、文月は「気軽に付き合えるうるさい異性の友人」。そして陽奈は、「親しいがどうしても意識してしまう気になる異性の友人」。ちなみに飛鳥は「妹みたいな女の子」で、男から見たこの三つの立場の違いは小さくはない。
「陽奈ちゃんだって、おれと文月では態度が違うと思うけど」
「わたしは文月に遠慮なんてしてない! 翼にも遠慮なんてしなかった!」
陽奈の大きな鋭い声。
「……あ」
その瞬間、翼はわけもなく陽奈の気持ちを理解した。いや、それとも、とっくにわかっていたのに、無視し続けていたのだろうか。
「ごめん」
「違う! 謝ってほしいんじゃない!」
陽奈が泣きそうな、なのにきつい視線で、翼を見る。
気を遣っていたのは陽奈。今の翼に遠慮をしていたのは、むしろ陽奈の方。
「うん、ありがとう」
翼は切なさを押し殺して、優しく、陽奈を見返す。
「陽奈ちゃんがいてくれてよかったよ。もし文月だけならきっと最初で壊れたし、飛鳥ちゃんだけなら甘くしてあげることもできなかった。陽奈ちゃんがいてくれたから、おれもまだ落ち着いていられた」
泣き崩れそうに、陽奈は顔を歪めた。
「でももういいよ。前のかわりにしかなれないけど、もうおれに気を遣わなくていい。前のツバサに拘ってくれたっていい。おれなりにしか動けないけど、もう遠慮なんてしなくていい」
「わたしも翼くんに遠慮なんてしてほしくない!」
潤んだ瞳、だが綺麗な瞳。陽奈は叫んで、しっかりと、翼を見据える。
翼は優しく微笑んだ。
「だから遠慮なんてほんとにしてないんだけどな」
「じゃあどうして黙ってたの!?」
翼が初めて聞く、陽奈の悲鳴のような声。
余計な気を遣わせたくなかった。いらない迷惑をかけたくなかった。心配させたくなかった。煩わせたくなかった。
理由はいくらでも思いつく。今の翼にとって、陽奈たちは翼の状況をわかってくれた上で付き合ってくれている、唯一のと言っていい友達。翼自身無理をするつもりは無いが、陽奈たちを傷つけたいとも思わない。むしろ親身になってくれる陽奈たちを、今では傷つけたくないと思っている。大切だからこそ、翼は彼女たちに辛くはあたらないし、言えないことも多い。
それを遠慮と言われれば、そうなのかもしれない。だが仮にそうだとしても、今の翼にはそれが自然で、そうとしか振る舞えない。陽奈にも文月にも飛鳥にも、他の人間にも、相手に応じて自分なりにしか動けない。
翼は瞳に涙を浮かべている陽奈を、優しく見つめる。
「これが、今のおれだから」
次の瞬間の陽奈の表情は、翼には見ていられないものだった。
陽奈の瞳の涙が、溢れた。
「そう、だね……。これが翼くん、なんだね……」
声だけが、静かに落ち着いていた。
「翼は本当に、もういないんだね……」
「…………」
今度は翼は、自分の失言を呪った。翼はまた、わけもなく陽奈の気持ちを理解していた。
今の翼の中に、二つの人格を見ていた陽奈。
もしかしたらたった今、陽奈の中のツバサを、翼は殺してしまったのかもしれない。
このままなら、いつか陽奈も受け入れるしかなかった現実。だがだとしても、今この状況で、目の前で翼がとどめをさすのは、翼もきつい。
この状況は翼にとっても理不尽なもので、翼もその上で生きているだけでしかない。自分なりに陽奈を思いやることはできるが、それ以上のことはできない。積極的に、元のツバサとやらを取り戻す努力をするつもりには、やはりなれない。翼は翼で、元のツバサは今はどこにもいない。
それでも、真っ青な顔をしてぽろぽろと涙を流す陽奈から、翼は目をそらさなかった。どんなに理不尽であっても、翼に起こったことが、今の陽奈を泣かせている。翼はその現実から目をそらさない。
「……わたし、ずっと、翼に憧れてたんだ……」
泣いているのに、陽奈も翼から目をそらさなかった。
「翼は目標を持ってて、やることきちっとやって、なんでも自分で決めて……。自分で好きなこと見つけて、どんどん先に進んでいって……。やるって決めたら、人なんか気にしなくて、そのくせ、自分が決めたことにも拘らなくて、嫌なら即やめるなんて、言い切って……」
陽奈の瞳からは、涙が溢れて止まらない。
「わたしは、引っ込み思案だったから……。たまに強引で、困ることもあったけど……、でも、それでも翼のこと、ずっと、ずっと好きだったんだ……」
今の翼ではなく、元のツバサへの、陽奈の想い。
「ね……、翼くん……」
「……うん」
「わたし、泣いていい……?」
「…………」
すでに泣いている陽奈に、泣くななんて言えない。翼が力なく頷くと、陽奈はメガネをはずして一度手で涙をぬぐい、ゆっくりと翼に近づいてきた。
翼が驚いたが、動けなかった。
陽奈は翼に強く抱きついて、そのまま大声をあげて泣き出した。
号泣、だった。
翼の名前を何度も何度も何度も呼び、子供のようにひたすら泣きじゃくる。
陽奈でもこんなふうに感情を爆発させることもあるのかと、翼が驚くような、激しい泣き方。
だが、陽奈も翼と同じ、まだ十七歳でしかない。
翼の前でこれまで弱いところを見せなかったのは、むしろ陽奈がどれだけ気を張っていたのかということを、表しているのかもしれない。
そんな陽奈の涙は、それだけで翼を責める。どうして、という叫びは翼の心をえぐる。
それでも、翼は自分の肩に顔をうずめて泣き続ける少女の背に、ためらいがちに、腕を回した。
今の陽奈は、元のツバサを想って泣いている。
そこに今の翼が介入するのは、陽奈にとって余計に辛いかもしれない。そう思いつつ、翼はそっと、無言で陽奈を抱きしめた。
陽奈は逃げなかった。むしろいっそう激しく泣きながら、翼にぎゅっとしがみついた。
陽奈が泣きやんでから、翼から身体を離すまで、かなり時間があった。
「ごめん……」
身体を離した、陽奈の最初の言葉はそれ。
翼は切なさを押し殺して、優しく微笑む。
「……いいよ」
陽奈は赤くなった目と頬を少しこすると、翼の横に座りながら、じっと翼を見る。
「……謝るくらいなら最初からするなって、言わないんだ?」
「……謝らなくてもいいことだから。だから遠慮なくやっていい」
「翼くんは、泣かないの?」
真顔の陽奈。翼は例の微笑を浮かべる。
「もう散々泣いたよ。陽奈ちゃんも見ただろ」
「……わたしより、翼くんの方が、辛いんだよね……」
陽奈たちにとって元のツバサが死んでいるようなものなら、翼にとっては武蔵たちが死んでいるようなもの。両親ですら、同じようでいて、どこか違う両親。世界すらも違う今。
しかも本人は性別まで変わってしまっていると感じ、原因さえわからず精神病扱いされ、他人も翼に別の人間を見る。
「……さあ、どうなんだろうな。仮に同じ体験でも、感じ方は人それぞれだろうから。――でも、陽奈ちゃんは強がりすぎかもな?」
翼はわざと軽く笑って見せたが、陽奈の表情は変わらなかった。
「……さっき翼くん、翼のかわりにしかなれないって言ったよね」
「……ああ。なれても、そこまでだよ」
「翼くんは、翼のかわりにはなれないよ。翼くんは翼くんで、翼は翼だから」
「…………」
翼は何も言い返せずに、陽奈の横顔を見た。陽奈は迷いの無い視線で、正面を向いていた。
「飛鳥は、同じだって思えるみたいだけどね。わたしはやっぱりダメだった」
「……ごめん。結局がんばる気になれなくて」
「謝らないで。それも間違ってないって、思うから」
陽奈は翼を、まっすぐに見つめる。
「ね、翼くん」
「……うん」
「翼のかわりじゃなくても、気を遣わないでいい? 遠慮しないでいい? 本当に、もう一度本当に、ちゃんと友達になってくれる?」
まだ少し目は赤いが、意志の強さを秘めた、陽奈の瞳。
「……キミは綺麗だな」
思わず見惚れて、翼は場違いな発言をしてしまう。陽奈は二度、瞬きをした。
翼は言った後に自分が何を口にしたのか気付き、慌てて陽奈から視線をそらす。陽奈が何か言うより早く、早口に言葉を紡いだ。
「友達になってほしいのは、むしろおれの方だよ。おれは陽奈ちゃんが知ってるツバサじゃない。本当にそれでいいのか?」
「……うん。そのかわり、わたしも遠慮しないよ?」
「望むところだよ。……でも、おれを見捨てる手もやっぱりあると思うよ」
「本気で怒るよ」
「……嬉しいけど、きついだろ」
「もう遅いよ。翼くんを嫌えない。文月も言ってたよ。嫌えたら楽だったのにって」
「嫌ってくれたら楽だったのに」
「怒る」
陽奈は笑いながら、翼の肩に額をくっつけて、脇腹に拳を押し当てた。
「怒るよ、本当に」
翼も笑みを作ろうとして、陽奈の涙に気付く。
「……怒ってくれていいよ」
「翼がいないのに、翼くんまでいなくなったら、辛すぎるよ。翼くんがいてくれてよかった。かわりじゃない。絶対かわりじゃない」
「……うん」
かわりでもいいよ、とは、翼はもう言えなかった。言えば、陽奈は否定するだろう。だから、陽奈の気持ちがどんなに透けて見えても、陽奈が求めているのが元のツバサであって今の翼ではないとわかっていても、その言葉を口にはしない。
翼はそっと、陽奈の髪を撫でる。
少し癖のある陽奈の長い髪は、優しげな甘い香りがする。
身体もとても柔らかく、あたたかい。
「…………」
冷静に意識したとたんに、翼の思考が歪んだ。さっきは胸に胸が押し付けられても気にしないでいられたのに、感情が揺れる。「我ながら……」と声に出さずに呟いて、翼は陽奈の髪を撫でる手を止めずに、数秒目を閉じた。
哀しんでよりかかってくる少女の髪を、そっと撫でているだけ。それだけのはずなのに、なぜここで欲情を感じてしまうのか。しかも瞬間的に今の自分の身体への反発が浮かんで、落ち込みたくなるのも相変わらずだ。自分を浅ましく感じて、同時に苦しくて、思わず例の微笑が浮かぶ。
「おれも、遠慮しないでいいんだよな」
「うん、遠慮したら、怒る」
陽奈はかすれた声で、だがはっきりと呟く。翼は切なさと一緒に、強い感情を押し殺した。
「おしっ!」
陽奈の両肩に手を当てて、身体を引き離し、翼はバッと立ち上がった。
「ほら、陽奈ちゃん! この話はもう終わり! 掃除を手伝ってくれないかな」
「…………」
陽奈は一瞬、まだ涙に濡れた目を瞬かせたが、すぐに笑みを浮かべた。泣き笑いの表情だった。
「自分でできることは、ちゃんと自分でやらないとだめだよ、翼」
学校ではなく家なのに、今の翼をはっきりと呼び捨てにする陽奈。翼ははっとしたが、陽奈は怯まなかった。まっすぐに、翼を見返す。
「翼って、呼んでいいよね?」
「……いいのか?」
「うん。前の翼のことは絶対忘れない。でも、今の翼も好きだよ」
「…………」
今の翼には少し刺激が強い陽奈の一言だった。少し身体を強張らせる翼をわかっているのかいないのか、陽奈は優しく微笑む。
「だから、翼も家でも呼び捨てにしてよ。もうちゃん付けは嫌だな」
「…………」
「まだ、わたしのこと、呼び捨てにできない?」
翼は大きな吐息を、一つ吐き出した。
「言えるよ。学校で慣れたしな」
「じゃあ、いいよね?」
「まあ、それはいいとして、掃除は手伝ってくれるんじゃなかったのか?」
「翼だって、さっきはいいって言ったよ」
「気が変わった」
「手伝ってもいいけど、条件がある」
「……遠慮させたままの方がよかったかな?」
翼はわざと、からかうような笑みを見せる。陽奈も笑った。笑って、まっすぐに、陽奈は翼を見据える。
「もう遅いよ。遠慮しない。うん、遠慮したくない」
素直で綺麗な、陽奈の声と陽奈の表情。翼は見惚れながらも、今度は自分のペースを崩さない。
「で、条件とやらは何?」
「ん、訊きたいことがある」
「そんなんでいいのか? 長くかかる?」
「そうでもないよ」
長くかかるなら空気をかえたかった翼だが、短いのならさっさと済ませたい。翼はゆっくりとベッドに座りなおした。陽奈も無造作に、翼の横に座る。肩と肩が触れ合い、翼は反射的に少しだけ身体を離した。
「心の病気について、色々調べてるんだよね」
「……記憶障害とか多重人格がらみの部分だけね」
「ネットで婦人病も、調べてた」
「……人のパソコンを勝手に見たわけか」
「さっき、怒らなかったよ」
陽奈は物怖じせずに、翼を見つめる。翼は話の方向を推測しながら、表面上は落ち着いて、正面を向いたまま軽く肩をすくめてみせた。
「別にいいけどな」
「性同一性障害とか性転換も、調べてた」
「……まあな」
「男になりたいの?」
「いや。……いや、そうだな。正直に言うよ」
否定してごまかそうとして、翼は陽奈のきつくなりかけた視線に、微苦笑を浮かべた。自分の気持ちを、淡々と口に出す。
「ただ男になりたいというよりは、記憶の中の、自分の身体になりたいだけだよ。もう諦めてるけどね」
元の自分に拘りすぎることは、現状では問題だけを山積みにする。それがだめならせめて身体だけでも男に、と思う部分もあるが、社会的に問題が多いことも調べてすでに知っている。それに性転換といっても今の医学では形だけしかなれないようだし、元の男の自分の身体と比べてしまうと、形だけ男になるのも、今のまま生きるのも、どちらがいいのかすら判断が難しい。何を選ぶにしても、覚悟がいる現実。
「……まだ、やっぱり、自分を元は男だって、思ってるんだ?」
「今は身体は女だけどな」
「……心は?」
「……心に性別があるのかなんて、おれにはどうでもいいことかな。要は今がこの状態で、もう問題は、こっからどう動くかってことだから。自分で決めるだけだから」
「……そうだね。過去に拘るより、前向きがいいね」
元のツバサに拘るよりは、現状でのベストを。陽奈の内心が、微かに言葉に混じる。翼は最初から元のツバサにはあまり拘らないようにしているのだが、陽奈にとってはここからがスタートなのかもしれない。
「そういうこと。当分は地道に行くだけかな」
あれから二ヶ月と少し。まだまだ記憶と状況のギャップで、周囲も自分も戸惑ったりすることもある。それでも、この身体なりに、ゆっくりと生きていけるだけの環境を作っている今。
きっかけがあれば大きく動きたいとも思っているが、安定しつつある今、大きくなにかしら動く必要は必ずしもない。そのきっかけがどんなものになるのかはわからないし、そんなきっかけなんて一生ないかもしれない。この先どう転ぶのか、翼には見えないが、それでも今は生きている。
「でも、いやなこと、多いんだよね」
「……まあな。でもいざという時はちゃんと陽奈――にも頼るよ。もう遠慮しなくていいんだろ?」
またわざと、翼は明るく笑って見せる。陽奈はぴくりとも笑わなかった。
「愚痴、いくらでも聞くから。泣いてくれてもいい。わたしにまで、隠そうとしないで」
「……何か隠してるように見える?」
「そうとしか見えないよ。本当は、いつも無理して、とても辛いんでしょう?」
「……普段はもう問題ないよ」
生理の時以外は、人前で抑えがきかなくなるほど辛いことはさほどない。冷静でいられるし、陽奈や文月や飛鳥がいてくれて、両親との関係だって前より悪くない。楽しいと思えることもあるし、なにより自然にちゃんと笑える。
だから、嘘はついていない。だが、正直なだけの言葉でもない。
人とは違う形の、辛いこともまだ多い現実。
「じゃまだって言うなら、ぎりぎりまで手は出さないよ。無理したいなら、それも止めない」
翼が口にしなくとも、陽奈はずっとわかっていたのかもしれない。静かな声が、翼の耳に優しく響く。
「でも、隠すなら怒る。それだけは絶対怒る。わたしだけじゃないよ。文月も、飛鳥だって、亜美さんたちだってきっとそう思ってる。大事な時は絶対力になるから。なりたいから」
真摯な、綺麗な陽奈の瞳。
陽奈の言葉には、たぶん嘘がない。本人だけでなく、文月も飛鳥も両親も、翼の力になりたいと思ってくれているし、できるだけのことはしてくれるだろう。そして実際、多くのことをすでにやってくれている。
自分が恵まれていると翼は思う。一人だった方が気楽だったのにと、翼はずっと思ってきた。人に深入りしなければ、させなければ、自分のことだけを考えていられる。だが今は、逆に一人だったらもっと苦しんだのかもしれないとも思わされる。
実際どうだったのか、もう誰にもわからない。どちらにせよ、今は、陽奈たちがいてくれる。まったく違う形で出会いたかったという思いも根強いが、一人ではないということが悪くはない。むしろ陽奈たちの気持ちは、あたたかく、嬉しい。
「自分でできることは、ちゃんと自分でやらないとだめなんじゃないのか?」
翼は自分が考えたことが切なくて照れくさすぎて、冗談めかそうとしたが、あまり上手くいかなかった。
陽奈は数瞬じっと翼を見て、小さく、翼が気付かないくらい小さく吐息をついて、少しだけ表情を緩めた。
「うん、だから、自分でできないことはちゃんと頼ってほしいよ。辛い時は辛いって言ってほしい。一人より二人の方がいいことも、頼ってほしい」
「……その分、ちゃんと報酬を要求するわけだ」
「うん、そうだよ。わたしも、翼に頼るから」
陽奈の表情が、だんだんと自然に柔らかくなる。
「でも、わたしの方がお姉さんなんだから、もっと甘えてもいいのに」
「……たった一月しか違わないだろ」
「一月でも年上は年上だよ」
きっぱりと言い切る陽奈。翼の記憶の中の武蔵と同じようなその言葉。
陽奈は、元の人格のツバサのことを、やはり忘れることはできないだろう。翼も武蔵を忘れない。陽奈に時々武蔵を見て、元のツバサと陽奈との関係に、男だった自分と武蔵との関係を重ねる。陽奈もそれは同じ。
その上にある、今の陽奈と、今の翼との関係。
「……そうだな」
翼は屈託のない、自然な笑顔を、陽奈に見せた。
「必要な時はちゃんと甘えるよ」
「絶対だからね」
「ああ。そのかわり陽奈も隠すなよ」
「ん。そうだね、わたしも甘えるね」
「……そうなるのか」
また冗談めかして、翼は言う。陽奈は明るい笑顔だった。
「うん、そうなるんだよ」
「でも、陽奈は文月に嫉妬してるのかと思ってたよ」
「ん、嫉妬もしてたよ?」
「…………」
冗談半分だったのに、そんな満面の笑顔で言われたら、翼に返す言葉はない。思わず言葉をなくす翼に、陽奈はくすくすと笑った。
「だって翼、文月とばっかり仲良くするし。わたしの方が付き合い長いのに」
「……陽奈が気の遣いすぎなんだよ。というより、おれは文月をからかって遊んでただけなんだけどな。陽奈もからかってほしいのか?」
「ん、わたしは、翼をからかいたい」
「……ほどほどにしといてくれ」
「あはは。うん、ほどほどにしてあげるね」
陽奈が楽しげに笑ってくれるのはいいが、いいように弄ばれるのはあまり嬉しくない翼だ。武蔵相手なら、時には視線を冷たくしてそっけなくしたものだが、陽奈相手には冷たく振る舞うことが難しい。
「さ、翼、じゃあ、大掃除する?」
明るくそう言う陽奈に、翼は苦笑気味に笑って立ち上がった。
「陽奈は自分の部屋は?」
「わたしは文月とは違うから」
陽奈は笑顔を浮かべて、元気よく腕まくりなどしてみせる。「文月が聞けば膨れそうだな」と、翼も戦闘準備に取り掛かった。
年の瀬の午後、明るく穏やかな時間になった。
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初稿 2004/10/28
更新 2008/02/29