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 ガールフレンド

  Taika Yamani. 

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  第一話 「女の子の買い物に付き合う男の子」



 まだ真冬に戻ったかのように寒い一日もあるが、少しずつ春の気配が色濃くなる季節。年度最後の定期試験や雛祭りや三年生の卒業式も終わって、春休みを間近に控えた、三月の日曜日。
 私立樟栄高等学校の一年生、来月十九日に十七歳になる高槻初瀬は、学校の同学年の三人の友人と一緒に、街に買い物に来ていた。
 男女比は一対一。つまり、初瀬を含めて、男子が二人に、女子が二人。それだけ聞くとグループデートのような四人が訪れているのは、主にティーンズ層の女性をターゲットにしたファッションビルだった。服やアクセサリーやシューズやバッグなどのショップに、カフェやレストラン、占い店にネイルサロンに美容院などなど、いくつものテナントが入っている近代的なそのビルは、よく晴れた休日であるこの日、午前中から明るく賑わっていた。
 「初瀬くん、これどう?」
 「んー、悪くないけど、ちょっと大人しすぎじゃね?」
 「そう? 可愛いのに」
 ポップでノリのよい洋楽ソングが流れている、三階のセレクトショップの一角。
 初瀬より二十センチ以上背の低い佐藤美朝――さとうみあさ――は、薄桃色のヘアピンで両サイドをとめたセミロングの髪を揺らして、「少し残念」という顔で、初瀬を見上げる。初瀬は笑って受け答えだ。
 「可愛くないとは言わんけどな。もちっと明るい方がいいって」
 「じゃあ、こっち?」
 「いや、それも似たようなもんだろ」
 やや童顔で大人しそうに見える佐藤美朝は、初瀬とは赤ちゃんの時からの付き合いの女の子である。もともとは母親同士が仕事絡みで顔見知りで、妊娠中のマタニティスイミングで鉢合わせして、家も近所だったことから仲良くなったらしく、それからずっと家族ぐるみで付き合いが続いている。
 高槻家の次男坊と佐藤家の一人娘の二人、生まれた病院も幼稚園も小中高校もずっと一緒で、幼児期から小学校時代のこども絵画教室や音楽教室、水泳教室や英会話教室などにも一緒に通って、中学時代は一緒にテニス部に入って、高校でも一緒に弓道部に所属している。美朝は一人っ子のせいか、のびやかに明るくマイペースで少しのんびりやさんで、時々頑固でちょっとわがままで、八つ年上の兄しかいない初瀬にとっては、同い年なのに妹分みたいな存在でもあった。
 こうやって初瀬が美朝と遊び歩くのは日常ごとで、今日の買い物も美朝が発端だった。最初は初瀬がクラスの男友達二人に遊びに誘われたのだが、それを告げる前に美朝たちからも誘われてしまい、初瀬が友達に確認を入れると、一人が「おれも、付き合ってもいいかな?」と参加を表明して、もう一人が笑って身を引いて、今日のこの場にいたっている。
 他の男子が一緒なことに、美朝は少し不満を持ったようだが、初瀬が先約だからと二択を迫るとしぶしぶ諦めてくれた。美朝はそのかわりに「おかあさん、明日空いてないかな?」と初瀬の母親を引っ張り込もうとしたが――初瀬の母親は普段は控えめな性格なのだが時間があれば喜んでついてくる――、学校の友達がいるのに母親同伴は初瀬の方が勘弁で、容赦なく却下していた。
 「そっちのより、こっちのロンTがよくね?」
 桃色の生地に、無数の小さな花柄がちりばめられたロングスリーブTシャツ。伸縮性のある素材で細身のデザインの、身体にフィットする春物の一品。
 「可愛いけど……、ちょっとピッタリになりそうじゃないかなぁ?」
 美朝は初瀬が示した商品を手に取って、さりげなく値段を確認して、白や黄色や赤系色の花柄を撫でた。初瀬と服とを交互に見やる。
 「このくらい普通だろ。気になるなら上からチュニックでも合わせればいいし。さっきのちょっと透けるノースリーブのやつとか、これに合いそうじゃね?」
 「あ、そうだね。それならいいかも」
 「上からキャミでも合いそうだな」
 「それは、なんだか派手になっちゃいそう」
 「いやいや、全然可愛いって。たまにはそういうのも着て見せろよ」
 初瀬は毎回、美朝にはもっと明るい活動的な服やミニ系のスカートなどを薦めるのだが、美朝はあまりそういう格好をしない。いつもゆったりとした女の子女の子した服を好んで、今日の服装も、初瀬に言わせれば「大人しめで可愛い系」という印象である。
 ゆとりのあるプルオーバーのニットブラウスと、膝下丈の柔らかな巻きスカートに、冬の暖かい日用のふんわりとしたボレロ。若草色のスカートの下は、去年末から生徒会長カップルの影響で学校で流行っている黒いタイツと、履き口に白いフェイクファーをあしらったハーフブーツ。手作り感のある布製のポシェットを肩にかけて、腰までの丈のボレロは胸元のボタンだけはめて、去年の誕生日プレゼントの蛍石のペンダントをアクセントにして、美朝は中学の後半頃から急速に発育した豊かなその部分を少し隠すように、ゆったりとした服なのに内側から張りつめているその部分が目立ちすぎないように、自然に着こなしていた。
 「みあー、これどうー?」
 美朝が目をつけた服と初瀬が薦めた服と、両方広げてチェックして、初瀬と美朝が和やかにじゃれあっていると、別のところを見ていたもう一人の女の子の声がふってきた。
 「あ、ワンピース?」
 「うん、どう? みあに似合いそうでしょ」
 商品を持って近づいてくる友人に、美朝は振り向いて笑って、手に取っていた服を丁寧に畳み直した。初瀬はそんな美朝に先行して、美朝と同じくらいの背丈のパンツスタイルのその女子、耳が見え隠れするセミショートヘアの春日井エリナに歩み寄る。
 「また濃い色のを持ってきやがったな」
 「なによ、みあなら可愛いでしょ」
 春というよりは初夏を思わせる、紫に近い藍色の、軽やかそうな薄手の半袖ワンピース。シルエットはAライン風に広がっていて、膝上丈のスカートの部分はティアードになって、横に三列のウェーブラインを描くように柔らかく波打っている。胸元は細かい間隔で五つの小さなボタンがついていて、実際に着用すればティーンズの少女のふくらみを優しく彩ることになるのだろう。短めの袖も、ストレートではなくややふっくらしていて、二の腕をほそっりと見せる形だった。
 「色が濃くないか? その服なら、みあにはもちっと薄い色がよくね?」
 「そんなことないわ。みあはもともと色白だし、こういう濃いのもちゃんと似合うわ」
 「似合わんとは言わんけど、なんかみあのイメージと違う」
 「初瀬のイメージなんてどーでもいいのよ。要は似合うかどうかなんだから」
 ここ数年の成長期でぐんと背が伸びて百八十センチ近い初瀬と、ここ四年で二センチしか伸びずに百五十七センチほどのエリナ。初瀬がやや見下ろして、エリナがやや見上げて、美朝本人そっちのけであーだこーだ言い合う。
 佐藤美朝と春日井エリナの付き合いは長いが、初瀬とエリナの付き合いも同じくらい長い。
 最初は美朝とエリナが小学校で同じクラスになって仲良くなって、当時違うクラスだった初瀬も、美朝を通して自然にエリナと親しくなった。それが小学一年生の時だから、それからの十年間、約十七年の人生の半分以上の付き合いになる。
 中学まで習い事でクラシックバレエを続けて高校で新体操部に入ったエリナは、ややのんびりやさんの美朝と違って、多少気の強いところがある。今はだいぶ落ち着いて、学校では比較的しっかり系で通っているが、裕福だが忙しい両親と厳しい祖父母や二年差で生まれた弟のせいか、昔から意地っ張りで人に甘えるのが下手で、小学校時代などよく背伸びをして大人ぶっていた。それでいて、身体の成長が速かった割に結構泣き虫で、エリナが寂しがりやの優しい女の子だということを、長い付き合いの初瀬と美朝はよく知っていた。
 エリナは運動部に入っているが、どちらかというと内向的で少女趣味な一面もあって、美朝とはそういった面からも仲がいい。初瀬とは時々ケンカ友達のような雰囲気にもなるが、それは半分は初瀬のせいである。
 そんな初瀬とエリナのやりとりをくすくす笑いながら、美朝はエリナの持ってきたワンピースを軽く撫でた。
 「ちょっと生地が薄くないかなぁ? 半袖だし、まだ寒いかも」
 「ちょい先用だからちょうどいいんじゃね。もともと今の時期は難しいしな」
 「うん、上からなにか合わせれば平気でしょ。もうすぐに暑くなるし」
 「そうだけど……」
 言い争っていたのに息を合わせて反応する二人に、美朝は小さく笑って、エリナから受け取った商品を自分の身体にあてがった。
 「丈もちょっと短い気がする」
 「え、ちっちゃかった? サイズは合うよね?」
 「あ、うん。サイズはいいと思うけど……」
 ハンガーがついたままのワンピースを胸元で片手で押さえて、もう一方の手で裾をいじりながら、美朝は「どうかな?」と言いたげに、初瀬を見上げる。
 「いや、そんなもんじゃね? ミニってほどでもないし」
 今日の美朝のスカートと比べると確かに短いが、膝上五センチ程度だから、エリナの制服のスカートと同じくらいだ。同じ制服でも美朝のスカートは膝上ゼロセンチという感じの膝が見え隠れする長さだが、このワンピースくらいなら初瀬の感性では充分普通の長さに思える。
 「うん、気になるなら中になにか合わせてもいいしね」
 「あ、そっか、そうだね」
 「中に穿くのか。まあ、この服なら合うかな? 七分丈のレギンスとか?」
 「そうね、膝丈のスパッツとかでもきっと可愛いわ」
 初瀬の意見に同意して、エリナも頷く。が、初瀬はすぐに一言付け加えた。
 「けどこの服は、みあにはやっぱ色が濃いぞ」
 「さっきからなによ、みあには似合わないって言いたいわけ?」
 「いや、だから似合わないとは言わんけどさ。どっちかっつーと、この服はエリナのが似合いそうじゃね?」
 「あ、それわたしも思った。このワンピ、エリナちゃんの方が似合いそうだよね」
 「そ、そんなことないわよ。こういう可愛いのは似合わないから」
 「そんなことあるよ。エリナちゃん絶対似合うよ」
 「最近はメンズっぽいのばっか着てるからな、おまえ。たまにこういうの着ると、なんていうか、ギャップ萌えってやつもあるんじゃね?」
 「あは、エリナちゃん、高校入ってからカッコいいのばっかり選んでるもんね。せっかく似合うんだから、可愛い服着た方が絶対いいのに」
 エリナは中学の終わり頃から私服でスカートを穿くのは稀で、今日も「カッコいい大人の女性」を志向するようなスマートなパンツスタイルだ。スリムなセーターの腰にはメッシュベルトを巻いて、ソフトなハーフジャケットも雰囲気を大人っぽく引き締めて、淡いグレーのスリムパンツは自然に足が長く見えて、初瀬の目にはきゅっと引き締まった小ぶりなヒップラインも魅力的で、彼女にはよく似合っている。
 が、それはそれでこれはこれ、初瀬はたまにはもっと違う系統の服装のエリナも見てみたかった。
 「な、なによそれ。いいでしょ、わたしの好みなんだから」
 ほのかに頬を赤らめて上目に初瀬を睨むエリナに、美朝はくすくす笑って、ワンピースを押し付けた。
 「ね、エリナちゃん、ちょっと試着してみようか」
 「え、い、いいってば。わたしは」
 「いいからいいから。わたしも初瀬くんも見てみたいんだよ。ね、行こっ」
 「ちょ、こら、みあ! わたしはいいって!」
 「初瀬くん、ちょっと行ってくるねっ」
 「おう、適当に見て回ってるから、ゆっくりでもいいぞ」
 美朝は楽しげに笑いながら、エリナを引っ張るようにして試着室に向かう。
 エリナはずっと嫌がっていたが、力ずくで逃げないあたり、本気の抵抗ではないのだろう。初瀬は笑って見送った後、ナチュラルに振り向いた。
 「で、柏木はいつまで空気なんだ」
 さっきからずっと口を挟めずに、ひたすら初瀬たちの後をついてまわっていた男友達の柏木陽光――かしわぎようこう――に、初瀬は呆れたように笑った。
 「く、空気ってなんだよ……!」
 「後ろで突っ立ってるだけなんだから空気だろ。つーか他の客の邪魔だ」
 「わ、悪かったな……」
 「いやおれはどうでもいいんだけどな。ぼーっと突っ立ってるくらいなら、話に混ざればいいのに」
 「そんなこと言ったって……!」
 客と店員のほとんどが若い女性で占められている場所だから、陽光はかなり居心地が悪いらしい。さっきからずっとそわそわと押し黙っていた彼は、明るく賑わう婦人服売り場に男二人になって、いっそう落ち着かなさげだった。
 「高槻は、よく平然としてられるな」
 「なにが?」
 軽く問い返しつつ、初瀬は目につく服を順に眺めていく。ガールフレンドの二人に似合うかどうかをイメージして、春休みに約束しているお花見で着てこさせることを考えたりしながら、初瀬は適当に友人の相手をする。
 「なにがって、少しは恥ずかしいとか思わないのか? なんで平気で女子の服なんて選べるんだよ」
 「別にたいしたことじゃねーし。あいつらの服選ぶのも面白いしな」
 「面白いって……、おれらむちゃくちゃ浮いてるだろ」
 「んなの気にしすぎだって。付き添いなんだから堂々としてればいいんだよ」
 初瀬に言わせれば、適度に堂々としていればまわりもさほど気にしないもので、陽光のように恥ずかしがったりおどおどしている方がかえって余計に浮く。
 実際多少意識されることはあっても、仲良く服を見てまわる男女が場違いという空気はなかった。今はさすがに少し浮いてはいるが、特に店員たちにしてみれば女性客の付き添いの男性は珍しくもないのか、内心はどうであれ特別注目するふうでもなく、客には自由に見てもらうというスタイルのショップだから、店員は自然に店内に気を配って客に呼ばれるのを待つような姿勢だった。
 「む、無理だろ、そんなの」
 「つまらんやつだなぁ。そんなんじゃ彼女できたらどーするんだよ。――これ、エリナのやつにどうかな?」
 「し、知るか! おれに聞くな!」
 「騒ぐなよ、たかが女の服くらいで、ガキだなぁ」
 「どっちがだよ! ちょっとは気にしろよ!」
 ただでさえいたたまれないのに、男子二人で女子の服を選ぶ、というのは、陽光にとってはなんの罰ゲームだという感覚らしい。男子である初瀬が女子と一緒に服を見て可愛い可愛い言い合っていたあたりも、陽光の神経では理解できない範疇だった。忙しそうな店員さんやまわりの女性客にちらちらと見られている気がするのも、とても気のせいとは思えないらしい。
 「ほら、そんなふうに騒ぐと余計に目立つぞ」
 「だっ」
 だれのせいだだれの、と言いたかったのかもしれないが、陽光はなんとか声を押し殺す。
 「どう考えても、高槻の方がおかしいだろ……」
 陽光は引きつった顔でしつこい抵抗を試みる。
 対する初瀬は、あっさり気軽に友人の相手をする。
 「まあ慣れもあるかもな。ガキの頃からしょっちゅう付き合ってたし。あ、さすがに下着売り場までは行かないぜ? そういうのはやっぱ付き合ってるとかでないと」
 恋人でもない女の子の水着選びにも堂々と付き合える漢である初瀬としては、正直色々と興味津々だから下着売り場も同行してもいいのだが、エリナが嫌がるし、美朝も積極的に誘ってきたりはしない。初瀬も無理矢理同行するつもりはない。
 「し、下、って……!」
 「こら、声がでかいって」
 何を想像したのか狼狽する友人に、初瀬はからかうような視線を向けた。
 「柏木ちゃんは相変わらずウブだねー」
 「っ……」
 初瀬が柏木陽光と知り合ったのは、一年前の春、高校に入学してからである。
 初瀬と同じクラスの陽光は、真面目でややお堅いタイプだが、部活が同じだったこともあって、自然によく話すようになって仲良くなった。こうやってからかうとすぐ反応するからつい遊んでしまうが、初瀬的にはそれは親しさの裏返しだった。
 「初瀬くん」
 「お? 早いな」
 陽光が口をパクパクさせて何も言えずにいるうちに、美朝が戻ってきた。
 「うん、エリナちゃんだけ押し込んできちゃった。ついでだからわたしも試着してくるね。さっきのロンT、取ってて」
 「おお、おーけー」
 一言二言言葉を交わすと、美朝は最初の方で見たレイヤード用のチュニックを取りに行く。
 初瀬は笑って要請通りに動いたが、よく見るとさっきの桃色のシャツに色違いがあることに気付いた。美朝に合うサイズがあるかを確認しながら、初瀬は両方に注目して、色違いの服をじっと見比べる。
 美朝はすぐに戻ってきた。
 「どしたの? サイズない?」
 「いや、サイズは合うと思うけどな」
 迷うことをやめた初瀬は、顔を上げると、実にいい笑顔で、近づいてきた美朝に二着の服を手渡した。
 ちなみに後ろでは、初瀬の男友達が『なんで高槻が佐藤さんの服のサイズを知っているんだ』と言いたげな複雑な顔をしたが、初瀬も美朝も見ていない。
 「あれ、色違い?」
 「おう、両方着てみろよ」
 最初の物は、桃色の生地に、白や黄色や赤系色の花柄。
 色違いの物は、黄色の生地に、水色や桃色や白系色の花柄。
 「もう、試着室には三着までしか持っていけないんだよ」
 サイズを確認しながら、美朝は困ったような笑うような顔で言う。美朝はチュニックを二着持ってきたらしい。
 「相変わらず細かい店だなぁ。じゃあ、先にピンクのからかな」
 「うん。初瀬くんも一緒に行こ。黄色の持ってきて」
 「ああ、なんなら中まで付き合おうか?」
 「初瀬くんのすけべ」
 くすくす笑って、美朝は歩き出す。わざと人の悪い笑みを浮かべた初瀬は、「スケベじゃない男は男じゃないからな」とニヤニヤとふざける。
 「お、おい、本気で中まで行く気か?」
 今の陽光には精神的な余裕がないらしい。慌ててついてきて大真面目に言う友人を、初瀬はちょっと小馬鹿にしたように笑った。
 「アホ。冗談に決まってるだろ」
 「うん、いくら初瀬くんでも、そのくらいの常識あるもんね」
 「ぅ、ご、ごめん」
 「なんかフォローになってなくね?」
 「あは、気のせいだよ、うんうん」
 「ウンウンじゃねー」
 洋服を胸に抱いて楽しげに笑う美朝の耳を、初瀬は横からつまむように軽く引っ張る。
 きゃっと笑顔で身をすくめた美朝は、自然な動きで初瀬の服をつかんだ。美朝はそのまま初瀬の腕に手を添えて、二人笑ってじゃれあいながら歩いていく。
 そんな初瀬たちのペースについていけない陽光は、慌てた様子で、足取り重く、二人の後を追いかけていった。



 「高槻って、すごいよな……」
 「あんだよ、急に」
 美朝が店員さんに一声かけて、試着室の一つに消えた後。初瀬が適当に付近の服を見ていると、相変わらず落ち着かない様子の陽光が重い声を出した。
 「なんかおれは、もうぐったりしてきた」
 「はは、根性なしだなぁ。まだたいしてたってないだろ」
 ショップに入ったのは十一時前で、もうすぐ半という時刻だが、陽光にとっては精神的にきついらしい。陽光は言葉だけではなく、態度も声も、どこか本当にぐったりしていた。
 「気を張りすぎなんだよ。たかがあいつらの買い物に付き合うだけじゃん」
 「だと思ってたんだけどな……。荷物持ちなら、いくらでもするつもりだったんだけど」
 「だから特別荷物持ちがいるほど買わないって」
 大量に買うこともあるが、いざとなれば宅配を使う手もあるし、美朝もエリナも、ただの同学年の男子に荷物持ちをさせるほど無思慮ではない。
 「昼メシまでどっか適当に逃げとくか? 外に行っててもいいし、メンズ見に行ってもいいし」
 初瀬はちらりと、左手首の袖をまくって愛用の腕時計――中三のクリスマスに美朝とエリナと一緒に選んだスマートな革の腕時計――を見て、これからの時間配分を確認する。
 「十二時半か一時くらいになれば、あいつらも腹減るだろうし、電話するぜ」
 「……いや、付き合うよ」
 「いいのか? 長いぞ? メシ食ってからが本番だし」
 ピキ、と、陽光の表情が引きつった。
 「そんなにか?」
 「だから言ったじゃん。あいつらの買い物に付き合うなら一日潰す覚悟がいるって。あいつらも今日は自分の買い物だから、まわりに気を遣うつもりはあんまないと思うぞ」
 「…………」
 「まあ、柏木の好きにしていいぜ、どうする?」
 多少余談だが、陽光が美朝に気があることに、初瀬は薄々感付いている。が、初瀬は応援もとりなしもしないことにしている。
 美朝もエリナも、二人とも客観的にずば抜けて可愛いとか学校で人気とかいうわけではないが、初瀬にとっては世界で一番特別な女の子だ。美朝本人やエリナ本人が望むならまだしも、そうでない以上は、初瀬が他の男を応援する理由はない。美朝とエリナがだれかと付き合ったりするのを想像すると、もやもやムカムカしたイヤな気持ちになるから、気に入らない相手なら邪魔する気も満々である。陽光がもう少しでも露骨で強引な性格だったら、初瀬は今日の買い物にも同行させなかっただろう。
 「……悪い。昼までちょっと出てくるよ。佐藤さんたちによろしく」
 「おう。なんかあったらそっちからも電話しろよ」
 肩をすくめて笑う初瀬に、陽光は力なく頷くと、その場を離れた。
 早足でどこかコソコソと逃げ出すような風情。と感じるのは、初瀬のうがちすぎだろうか。
 『女物の商品に囲まれたフロアを、男一人で、女性客を避けながら外に向かう』というだけでも、陽光的には落ち着かないらしい。初瀬は「やれやれ、損なやつだな」と声に出さずに苦笑して、意識を切り替えた。ガールフレンドたちに似合う服を、またあれこれと見繕いにかかる。
 しばらくそうやっていると、試着室のカーテンが開いた。
 どこかためらいがちな様子のエリナが、試着室の中からきょろきょろとあたりを見渡す。エリナは、おそらく美朝を探していたのだろうが、近くに初瀬がいることに気付いて、身体を少し強張らせた。
 「お、やっぱ似合うじゃん」
 初瀬は率直な感想を述べながら、素直な笑顔でエリナに歩み寄る。
 「でもパンツのままなのは減点だなぁ。ワンピの試着なんだから、パンツくらい脱げよ」
 なんだか誤解されそうな発言だが、初瀬が脱げと言ったのは、今日のエリナが最初から着ているアウターのスリムパンツのことだ。
 「う、うるさいわね。みあはどこいるの?」
 エリナは目元をほんのりと赤くして、華奢な腕時計をはめた左手で胸元のボタンをいじりながら、落ち着かなさげに怒ったように言う。と、隣の試着室からくぐもった声が飛んできた。
 「隣にいるよー。わたしも試着ちゅー」
 「うん、やっぱエリナにもよく似合うな。パンツなのも悪くない」
 エリナの発言と美朝の声を半ば無視して、初瀬は前言も翻して、じっくりと同い年のガールフレンドの姿を観察する。
 耳が隠れる長さのセミショートの髪と、女の子らしい柔らかさのある優しげな顔立ち。すらりとしとやかな身体つきに、紫に近い藍色のAライン風の半袖ワンピースと、スマートなグレーのロングパンツ。
 短い袖から伸びる腕は健康的に白く、濃い色合いのワンピースとの間に自然なコントラストを描いて、雰囲気が明るい。胸元の縦のデザインは年齢相当にまろやかな胸部を柔らかく彩り、ややふっくらとした袖も、きれいに波打っている裾も、ゆったりしたウエストラインも、ナチュラルにフェミニンな魅力を演出している。
 いつもきれいな姿勢に、膝上丈のワンピースにスリムパンツという着こなしも自然に似合って、同時にどことなく十代の少女の潔癖さがにじんで、初瀬は率直に、なんかエリナらしいなと感じた。今のエリナは怒っているような、それでいて恥ずかしそうな顔をしていて、その分も、大人びているというよりは、なんだか幼くも見える。最近のエリナがしない類の服装というのも新鮮で、初瀬の目には全体的にマッチして可愛らしく映って、初瀬の頬はいつのまにか甘く緩んでいた。
 「それ、後ろはどうなってるん? ボタンは前だけだよな」
 「……そうよ。後ろはなんにもない」
 「襟とかは? 普通か?」
 「……別に普通。きつくないし、ゆったりしてる感じかな」
 スカート部分や胸元などアクセントはあるが、袖も襟まわりも特別変わった形ではない。
 エリナは襟の胸元から肩の方に指をすべらせて、少し気を取り直したように、だがどこかまだ気恥ずかしそうに、初瀬に受け答えする。
 その指の動きで、丸い襟まわりが自然に斜め前に引っ張られて、ちょうど立ち位置と身長差のせいで、エリナの胸元の素肌が、初瀬の目に飛び込んできた。
 服の中にずっとつけていたのかペンダントのチェーンも垣間見えて、初瀬は不意打ちで一瞬鼓動が跳ねた。
 「肌触りとか着心地はどうよ?」
 彼女の白い肌や鎖骨のラインやシルバーのチェーンとの対比も妙になまめかしく見えて、初瀬はなんとなく落ち着かなくなって、無意識に自分の首元をつまみながら早口で言葉を投げる。
 初瀬のその視線に敏感に気付いたのか気付いていないのか、エリナは襟から手を離した。
 「悪くはないけど、やっぱりまだ早いみたい。外に出ると寒そう」
 「はは、もとから春夏用だからな、今寒くったって問題ないだろ。重ねて調節してもいいし。おまえの今日の上着に合わせても良さそうだけど、みあが着てたみたいのとかも、可愛く合いそうだな」
 「初瀬くん、おまたせー」
 多少急いだのか、隣の試着室のカーテンが開いて、美朝が姿を現した。
 「おう」
 「エリナちゃん、わたしブーツだからこっちきてー。わたしも見たい」
 「もう……。そっち行くわ」
 「うんっ」
 女子二人の壁ごしのやりとりを聞き流しながら、初瀬は笑って隣に動いて、もう一人のガールフレンドの姿を、上から下までじっくりと観察する。
 七月一日生まれの美朝と九月二十九日生まれのエリナは、成長は美朝の方が遅く、小中学時代の成長速度には大きな差があったが、今は二人とも百五十七センチほどで、身長差はほとんどない。なのに二人の印象は大きく違う。この場に初瀬の友人が残っていたら、滅多に見られない美朝の服装にドキッとさせられていたかもしれない。
 薄桃色のヘアピンでサイドをとめて耳がちょこんと見えるセミロングの髪と、女の子らしい丸みを帯びたやや童顔な顔立ち。それでいて年齢平均より豊かに発育した身体つきに、ぴったりフィットした桃色の長袖Tシャツと、クリーム色のノースリーブのチュニック。
 フェミニンな快活さのあるチュニックは、柔らかいシースルーのデザインで、中のシャツと身体のラインが淡く透けて見える。フィットしたシャツは親友よりもふくよかな胸部をナチュラルに強調して、いつもはゆったりとした服で隠れがちなスタイルの良さが見て取れて、そのくっきり浮き出そうなラインをチュニックがややぼかすように印象を和らげて、自然な色気と可愛らしさを演出していた。
 そんな明るい印象のトップに対して、ボトムは朝から着ていたままの、若草色のゆったりとした膝下丈のラップスカートに黒いタイツ。美朝をよく知る初瀬から見ると、微妙なちぐはぐ感がなくもなかった。
 「なんか、おねーさんっぽい感じだな」
 「おねえさん?」
 初瀬の感想がツボにはまったのか、美朝は少し恥ずかしそうに嬉しそうに笑った。
 「わたし、こころおねえさんみたい?」
 「いやいや、こころねーちゃんがどうとかじゃなくてさ」
 突然兄の彼女の名前が飛び出して、初瀬は即座に軽く修正した。
 「なんつーか、そのスカートに合わせると、なんか、落ち着いて見せたいのか、活発的に見せたいのか、アンバランスで可愛い感じ?」
 「似合わない、かな?」
 初瀬の視線が気になるのか、美朝は無意識に片手を胸元にあてて、ここ一年でまた大きくなったその部分を少し隠すようにしながら、初瀬を見上げていた。初瀬は美朝のそんな何気ないしぐさを内心少し意識しつつ、笑って受け答えする。
 「いや、全然似合ってるぞ。これもこれでグーだ」
 「うん、みあがあんまり外ではしない感じだけど、可愛いわね」
 ワンピースの試着をしたまま靴を履いて一度隣の試着室を出たエリナが、横から口を挟む。美朝はちょっと照れたような顔になった後、ぱっと表情を明るくした。
 「わ、エリナちゃん、やっぱり似合うね!」
 「う、あ、ありがと……」
 「エリナちゃんがそういう格好してくれるの、久しぶりだね。やっぱり可愛い」
 「エリナももっとこういうのも着ればいいのにな」
 「うん、そうだよね。エリナちゃんこんなに似合うのに」
 「そ、そんなの、わたしの柄じゃないもの」
 「そんなことないよ。すごく似合ってるよ」
 「見た目と中身は別問題っていう見本みたいなもんか?」
 「――なによそれケンカ売ってるの?」
 「初瀬くん、冗談でもそんな変なこと言っちゃダメだよ。エリナちゃんは内面も可愛い女の子だよ」
 反射的に言い返したエリナに続いて、美朝も初瀬にメッという顔を向ける。否定せずに軽く笑う初瀬と対照的に、その美朝の発言にはエリナの方が羞恥の表情になった。
 「みあ、人前で恥ずかしいこと言うのやめてよ」
 「あ、ごめんなさい。でもホントのことだから」
 「…………」
 エリナは無言で美朝に近づき、サッと手を伸ばして、美朝の左頬をつまんでむにゅっと引っ張った。
 「ひゃっ、痛い、ごめんなさい」
 身をすくめてじたばた笑う美朝と、赤い顔で無言で美朝をいじめるエリナ。
 初瀬もたまに食らうが、エリナのこのつまみ攻撃は力の入れ加減による効果の上下幅が大きい。初瀬は楽しげに笑ったまま、エリナの肩を軽く引っ張った。
 「ほらエリナ、そのくらいにしとけよ。ホントのこと言われたからって、ひどいことするのは割に合わんぞ」
 「ホン――! も、元はと言えば初瀬のせいでしょ!」
 「おれのせいかよ」
 あながち間違いではないエリナの言葉に笑ってつっこんで、初瀬は話題を元に戻した。
 女の子同士だからなのか美朝とエリナだからなのか、放っておくと延々と可愛い可愛い言い合って服選びが全然進まないのはいつものことだ。初瀬も一緒になって遊ぶから半ば同罪だが、だれかが本気で不機嫌になったら買い物が楽しめなくなる。
 「こんなとこでそんなバカやってないで、みあ、着心地はどーだ?」
 「あ、うん」
 なんだかんだで美朝の頬から手を離していたエリナは、「だれがバカよ」と言い返したが、その声は小さくて美朝の耳には届かない。
 つままれた頬をちょっと撫でた美朝は、すぐに初瀬に笑顔を向けた。
 「やっぱりピッタリしすぎだけど……、着心地は悪くないよ」
 美朝はまた自然に左手を胸元に運び、もう一方の右手を右肩にあてて、肩の部分の布地をつまむ。「後ろは、どう? 変じゃない?」と、くるりくるりと身体をひねって、自分でも背中を見ようと顔を動かす。
 「ん〜……、変じゃないけど、思ったより柄が目立つな。背中までそんな模様いっぱいでなくてもいいのに。ピンクに赤より、黄色にピンクのがいい感じになるかな?」
 「あ、どうだろ」
 「エリナ、どう思う?」
 「――わたしは、これはこれで可愛いと思うわ。色違いがあるの? 気になるなら着てみたら?」
 「最初からそのつもりだけど、うーん、悪くはないけど、なんか後ろが微妙だなぁ」
 予算に限りがあるから、一つでも気に入らない点を見つけると、初瀬的には大きく減点だ。
 それを知っている美朝が、少し残念そうな顔で、試着室の鏡を見たり服を見たり初瀬を見たりする。
 「もっと透けないチュニならいい?」
 「いや、単品で着ないのならそれもありだけど……。あ、チュニから先に着替えてみるか?」
 「んー、いい。気になるから、そっちのから試着してみるね」
 「おう」
 美朝はまだ試着をしていないチュニックを初瀬に渡すと、引き換えに黄色のシャツを受け取った。さらに二言三言言葉を交わしてから、美朝はカーテンを閉めて、試着に戻る。
 「エリナはどうするん? その服」
 「え、ん。……どうしよう、かな」
 「やっぱ趣味じゃないのか? エリナにも、もっと明るい色のでもいいと思うけど、マジで似合ってて可愛いぞ」
 「…………」
 「――なぜ睨む」
 目のふちをほんのりと赤らめて見上げてきたエリナに、初瀬は刹那の衝動を抑えて笑って、無意識に自分の首の皮膚をつまむように撫でた。
 「もっといいの、あるかもしれないじゃない」
 「ああ、そうだな。今決めることはないか。おし、じゃあ、今日はおまえ用にこの手の服を探してやろう」
 「いりません。わたしよりみあに選んであげてよ。みあはこういうの好きでしょ」
 「みあはほっといても選ぶからいいんだよ。逆にみあには活発的なのを選んでやらんと」
 「あの子、買っても外では着ないけどね」
 「はは、部屋着でもいいさ」
 美朝は初瀬の意見を積極的に取り入れるが、最終的によく着る服は本人の好みに偏っている。
 「わたしも着替えてくるわ」
 「おう。ゆっくりでいいぞ。ちゃんと自分でも鏡でチェックしてこいよ」
 「……わかってる」
 優しく笑う初瀬から視線をそらすと、エリナは靴を脱いで試着室の中に戻った。
 初瀬はそれを見送って、再び付近の服を見定めにかかった。



 初瀬にとって、年に何度かの恒例行事的な買い物が、明るく賑やかに進んでいく。
 美朝の試着に付き合った後は、エリナの持ってきたワンピースの色違いを探したり、他のテナントを見て回ったり、また何着か試着をしたり。
 気付くと午後一時をまわって、初瀬は二人に昼食を切り出し、友人に電話を入れた。
 エリナは、初瀬の男友達が女子の買い物に付き合いきれずに一時的に避難したことを、暗黙のうちに察していたが、美朝は言われるまで気にもしていなかった。初瀬の男友達の存在自体すっかり忘却の彼方だったらしく、「だれに電話するの?」と怪訝そうな顔を向けてきて、初瀬は自分の責任を棚に上げて『ご愁傷様』と心の中で肩をすくめた。美朝たちに告げるのを忘れていた初瀬は、この件に関してはまったく友達甲斐がない。
 その友人はどこでどう暇を潰していたのか、すぐに合流して昼食をとる。
 昼食中、彼は色々がんばろうとしていたようだが、ここでも初瀬と女の子たちでファッションの話題などで盛り上がってしまって、あまり口を挟めずにいた。初瀬は男友達を疎外したわけではないが、積極的にフォローをしようとも思わず自主性任せだった。初瀬の友人が今日の同行を申し出たのは、彼なりの勇気だったのかもしれないが、初瀬たち三人の親密さを見せつけられるだけの結果に終わっていた。
 食べ終えた後もおしゃべりを続けて、のんびりと少し長居をして、やがてエリナとお手洗いに行ってきた美朝が、初瀬にだけこっそりと「ちょっとインナー見に行ってくるね」と小声で告げて、買い物を再開。
 一度男の子組と女の子組で別行動になって、女子二人は下着売り場に向かい、男子二人はCDショップやフロアの一角にだけ存在するメンズのテナントなどで適当に時間を潰す。
 数十分後、電話をもらって合流した時、初瀬は気に入ったシャツを一点購入していた。すぐにそれに目をつけた美朝は「あ、ずるい、わたしも初瀬くんの選びたかったのに」と少しむくれたが、別々に選んで後日初めて見せ合うのも楽しいことを、美朝も初瀬もよく知っている。「今度着て見せるから楽しみにしてろよ」と初瀬は軽く応じて、美朝もすぐに機嫌を戻した。
 初瀬は女の子たちの荷物を持ってあげて、改めて彼女たちの服を見て回る。今年の春夏の流行がどうとかこうとか言い合って、あれが可愛いこれが可愛い似合う似合わないあっちがいいこっちがいい「たまにはこういう服もどうよ?」「……初瀬くんのすけべ。そんなの恥ずかしいよ」「そんなのどこから見つけてきたのよ」などなどと、男子の一人と女子の二人がじゃれあって、もう一人の男子が口を挟めずにぎこちなく後に続くという構図で、あちこち歩き回って服を選ぶ。
 時々試着をして、女の子たちは同行のボーイフレンドに意見を求めて。意見を求められた男の子は熱心にガールフレンドたちに意見を言っていたが、もう一人の男子は落ち着かなさげに視線を泳がせるだけで。『ほんとにこいつはなにしに来たんだか』と横目で見て少しシニカルに笑う初瀬に気付かずに、初瀬の男友達は女子たちのプチファッションショーにちらちらと見惚れていた。
 少しメンズのお店にも寄り道したが、美朝もエリナもお返しとばかり初瀬に服をあてがってきた。いつものことだから、初瀬も楽しんで彼女たちのコーディネートに付き合って、自分の意見もしっかりと言って自分の服を選ぶ。
 途中途中でファンシーショップやアクセサリー店などにも立ち寄って、明るくわいわいじゃれあって。買い物が終わる頃には、ただ付いて回っていただけなのに一人だけやたらとぐったりした男子がいたが、戦利品を抱えた女子の二人は充分満足そうだった。
 二人がそんな様子だと、初瀬も無自覚になんとなく満たされた気分になる。
 さすがに女の子たちの元気も無限ではなく、同学年の男子と別れた後の帰りの電車の中では一時的に大人しくなって、女の子の一人が「ちょっと疲れちゃった」と、少し寄りかかるように、初瀬の腕に手を添えてくる。
 やや混雑しかけている電車内で、荷物いっぱいで軽くのびをした初瀬は、「昼からずっと動きっぱなしだったからな」と軽く言葉を返して、すぐ斜め前にいるもう一人の女の子に視線を向ける。
 初瀬の腕に身体を寄せた美朝は、目をつぶって、うんと頷き、簡単に触れ合える距離にいるエリナも、初瀬の瞳を見返して、柔らかな表情でそうねと答える。
 初瀬は頬を緩ませて、特に会話を発展させるでもなく、三人そのまま穏やかに、夕暮れの電車に揺られる。
 賑やかにハイテンションに騒ぐのも楽しいが、こうやってただ一緒にいる時間も不思議と心地よい。初瀬に自覚はないが、なんとなく心が落ち着く優しい時間。
 一日中歩き回って初瀬も疲れていたが、充実した疲れだった。








 to be continued. 

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初稿 2012/03/05
更新 2014/09/15