Boy's Emotion
Taika Yamani.
エピローグ
二 「少年少女」
九月二十八日、水曜日。
徐々に秋に染まりつつあるのか、九月にしては気温の低い、夏服だと肌寒さがある朝だった。天気予報によると、週末にかけてぐずついた天気が続くらしい。今にも雨の降り出しそうな、濃い灰色の雲が空を覆っていた。
昨夜の電話の後、「調理部に誘われたから、明日の夜ご飯は作らないから」と貴子が母親に宣告すると、案の定母親はいじけた。最低でも週に二回は時間を作ってフィットネスクラブに通う母親は、外で夜ご飯を食べてくることも多い。だから貴子は「明日はクラブにでも行ってくれば?」と勧めてみたが、母親は「もう今日の昼も行ったし、それとこれとは話が別よぅ」と拗ねまくった。
『タカちゃんの負担も減らさないとね』という朝の発言はどこにいったのやら、とても十六歳の子供がいる四十過ぎの大人とは思えない姿だが、そんな母親が、貴子は嫌いではない。子供の前では素顔を隠さないだけで、ちゃんと大人の顔も持っている母親に、むしろ信頼と敬意と愛情も抱いていた。照れくさいから、真面目に面と向かっては滅多に言わないが。
不安定な空の様子に、貴子としてはいっそざーっと雨が降ってくれた方が気持ちいい気がしたが、降らない方が登校はしやすい。朝になってもぶーぶー言う母親を適当にあしらって――今度埋め合わせする約束をさせられたが――、洗った洗濯物の処理を頼んで、貴子はスクールバッグ片手に行ってきますを言って、いつもの時間に学校へと出発した。
多少肌寒い朝と言っても、ブラウスの中に下着の上からしっかりとTシャツも着ている貴子には、さほど気にならない気温だった。半袖のブラウスから顔を出している二の腕や、スカートで剥き出しの脚に触れる空気が、文字通りやや肌寒いが、日中になれば少しは暖かくなるだろうし、今の気温ならまだ許容範囲だ。
『でも、夏はともかく、この先スカートは寒すぎるんじゃないか? 冬になっても指定のタイツとか穿いてる子も少ないし、よく女子は平気だな』
指定のスクールタイツなんてダサいとでも思っているのか、学校で流行っていないから穿きづらいだけなのか、単に他のファッションを重視しているだけなのか、それともタイツを穿くことで現れるセクシャリティを敬遠しているのか。
『まさか、男より脂肪がついてるから寒さに強いとかじゃないよな』
唐突に変な思考も駆け巡り、貴子はちらりと今の自分の二の腕――確実に華奢になっているのに、妙に白くて柔らかくてふっくらとしている――を見やって、瞳を暗く揺らす。
そんな余計なことを考えて、なんとなく鬱っぽい気分になったりしながら、貴子はいつものペースで駅まで歩いて、電車に乗った。電車内では読書と考え事をして過ごし、学校最寄の駅で降りて改札を抜け、ドキドキしながら、待ち合わせの相手を探す。
「貴子! こっち!」
貴子がゆっくりと駅前広場を見渡すと、貴子が恋人を見つけるより先に、改札を見張っていたらしい彼女の声が飛んできた。
昨日たくさん長電話をしたのに、やはり直接聞く声はまた違う。貴子は鼓動を跳ねさせながら、即座に身体ごと声の方に向き直った。
「じゃ、みんな、貴子来たから、ぼく行くね」
何人かの女子生徒と朝のおしゃべりに興じていたらしい脇坂ほのかは、この日は片手で愛用の黒い自転車を支えていた。話の途中だったようだが、ほのかはそう言って切り上げて、さっさと貴子の方に近付いてくる。率直に言うほのかに、まわりは各人各様な反応を見せたが、咎め立てするものはいない。あるものは値踏みするような、あるものは敵意丸出しな、あるものは好奇心めいた視線を、貴子に向けてくる。
が、昨日同様、貴子の方はほとんどそれを意識の中に入れていなかった。ちょっと足早に、恋人に近付く。
貴子の恋人は、昨日までと違い、女子の制服のオプションの一つである白黒チェックのベストを着込んでいた。夏のスカートとセットになっているベストで、V字に深いネックラインからは、オーバーブラウスの襟の合わせ目や第二ボタンが顔を覗かせている。ノースリーブの脇が少し大きめに開いているが、素肌に直接着込むのでなければ特に問題はなく、二の腕に続く白いブラウスと合わさってさわやかに涼しげな印象だった。
ほのかは単に気温にあわせて着てきたのだろうが、夏服の明るい雰囲気を華やかに引き締めてくれるベストで、貴子の主観ではほのかには文句なしによく似合う。夏場は短めだった靴下も濃紺色の膝下丈のものを履いていて、去年や夏休み前にも見たほのかの姿だが、久しぶりに見るとまた新鮮で、貴子はこんなに間近に見るのも初めてで、彼女に見惚れてしまう。
「貴子、おはようっ」
「う、うん、脇坂さん、おはよう……!」
近付いてきて笑顔で朝の挨拶をする恋人に、貴子はぎこちなく、繊細な声で同じ言葉を返す。そんな貴子の態度に、ほのかはくすくすと笑った。
「貴子、まだ緊張してるの?」
「ぅ、うん……」
脇坂さんの前ではどうしてもあがってしまう、という正直な気持ちも、昨日電話で話してしまっている。「嫌われたくないから……」とか「もっとちゃんと好きになって欲しいし……」などと、本音だがかなり恥ずかしい台詞をぶちまけた貴子に対して、ほのかは「そんな貴子も可愛いけど、もっと緊張してない貴子も見たいよ」と甘い言葉を返していた。貴子は可愛いと言われて複雑な気持ちになりつつ、「やれるだけやってみるけど……」と答えたが、もう少し時間が必要だった。話し始めれば彼女に釣られる形で緊張も柔らかく形を変えていくのだが、特に出会い頭は、どうしてもまだあがってしまう。
「そんな緊張ばっかりしてないで、おはようって言う時は、にっこり笑わなきゃダメだよ?」
「……とか、言われても」
「貴子って、あんまり笑わないよね。笑えば絶対もっと可愛いのに」
「……可愛くても嬉しくないし、無理に笑うのも……」
「貴子が可愛いとぼくが嬉しい!」
「…………」
そう言われてしまうと、貴子は反論ができない。付き合い始めて二度目の朝、貴子はまだ緊張しまくりなのに、ほのかの方は貴子のコントロール術を急速に学びつつあった。困ったように黙ってしまった貴子に、ほのかはにっこりと笑顔を向けた。
「じゃあ、一回練習してみようか?」
「…………」
「ほら、顔上げて、笑ってみて?」
楽しげな表情で、ほのかは貴子に催促をしてくる。
貴子には眩しく思える、きれいに明るい、ほのかの笑顔。
彼女のその笑顔に逆らえなくて、貴子は少しうつむきがちに、微かに頬を動かした。
『……なんでこんなに、脇坂さんには勝てないのかなぁ……』
惚れた弱みと言われればそれまでだが、無理に笑ってまで好きな女の子の歓心を買おうとする、そんな自分がカッコ悪くて、だけど女の自分であっても自分に興味をもってくれる彼女がどこか嬉しくて、そしてそれらの認識が情けなさと羞恥を連れてきて、頬が熱くなるのを嫌でも自覚してしまう。
強引に作ったせいで、ちょっと引きつった情けない笑み。
と本人は思って笑われるのを覚悟したが、客観的には、多少のぎこちなさのせいで余計に、控えめにはにかんだ、可憐な微笑になっていた。
「…………」
片手で自転車を支えていたほのかは、なぜか彼女の頬も上気する。ほのかのもう一方の手が、貴子の頬にのびた。
「貴子、えくぼ、可愛い……」
ほのかの指先が、つん、と、桃色に染まっている貴子の頬を撫でる。
この場に貴子の同級生たちがいれば、「また公衆の面前でなんか恥ずいことを……」と、彼女たちの方が恥ずかしそうにしただろう。
「っ……」
ぴくんっとなって、貴子の笑みは引っ込んだ。
ほのかは、彼女も自分の行動にはっとしたような反応を見せたが、貴子と違って余裕があった。楽しげに笑うと、頬をつついた手で貴子のスクールバッグを取った。
「貴子、バッグ持つよ。今日は自転車だから」
「ぇ、ぁ、ぅ、うん、ありがとう……」
「雨降りそうだし、ちょっと急ごうか。後ろ、乗って」
「うん……。え?」
「二人乗りして行こう」
荷籠に貴子の荷物を放ったほのかは、言いながら長い髪を片方の肩から前に流し、笑顔で自転車にまたがった。片足を地面に残して支えて、ちょいちょいと、後ろの荷台を指し示す。
「ほら、早く乗って?」
「え、えっと……」
「貴子も、昨日乗りたいって言ったでしょ?」
「う、うん?」
貴子はそんなこと言っていないような気もしたが、昨日の自分の言動をよく覚えていない。
「ほら、乗って乗って!」
「う、うん……」
もう一度促されて、貴子はほのかの自転車に手をかけた。
普通にまたがって乗ろうとして、貴子は今の自分がスカートであることを意識して、またちょっとためらってから、スカートを押さえるように横座りに乗った。
後ろに立ち乗りするタイプであればよかったのだが、ほのかの自転車は荷台がついている。貴子はちらっと『おれが後ろなのはなんか情けないな……』と思ったが、ほのかの自転車の後ろに乗るのはそれはそれで嬉しかったりするから、何も言う権利はない。冷静には程遠い理性で『警察に捕まる時は脇坂さんだけのせいには絶対にさせないから』と無駄に重い変な決意もして、貴子は体勢を整える。
だれかの自転車の後ろに乗るなんて、最近はまずなかったことだから、貴子の動きはぎこちない。相手が好きな女の子だからなおのこと。
前を向くと、ほのかの艶のある長い髪と、微かに顔を覗かせているきれいなうなじが、すぐに目の前にある。少し視線を下げると、夏のブラウスとベストに包まれた、華奢な背中。ほのかの髪や服や身体からは、貴子の鼻腔をくすぐる甘い香りがした。
「ちゃんとぼくにつかまっててね?」
「……う、うん……」
ほのかに言われて、おずおずと、貴子はほのかの細いウエストに片腕を回す。ぴったりと彼女に身体を寄せて、片腕でしっかりと恋人を抱きしめる。
こういう時、下手に意地を張ったりせずに自分の気持ちに馬鹿正直なのは、貴子の長所の一つなのかどうか。よほどスピードを出さない限り、荷台をつかむだけでも充分なのだが、貴子としてはやっていいのなら恋人を抱きしめることの方が嬉しいに決まっていた。
緊張いっぱいで動きつつ、貴子は頭の片隅で『このきれいなうなじに顔をうずめてみたい』『手を上とか下とかに動かしてもっと色々さわってみたい』などなどと、下心溢れることも考えたりしたが、さすがに実行には移さない。彼女のぬくもりや柔らかさを、こっそりと感じるだけで我慢した。
ほのかも、ストレートに抱きつかれると思わなかったのか少し身じろぎをしたが、嘘でも嫌がったりはしない。
貴子の片腕はほのかのウエストを抱きこんで、軽く閉じている手が、あてがうように、ほのかのお腹の部分に触れている。やや斜めにひねっている上半身も、ほのかの背中と接触している。
二人の鼓動は、お互いにドキドキと高鳴っていた。
「じゃ、行くよ〜」
ほのかの掛け声とともに自転車は動き出したが、最初は安定せずに少しよろけた。
「わわ」
「っ……」
自転車の横座りで、後ろに倒れそうになるのはかなり怖い。背中から倒れそうになった貴子は、とっさにほのかの腰に回した腕にきゅっと力を入れ、もう一方の手でほのかの服をつかんだ。
瞬間、貴子の柔らかい上体がほのかの背中に強く押し付けられる形になって、ほのかの鼓動も大きく跳ねる。ほのかは自転車を制御しながら嬉しそうに笑うと、楽しそうに元気よく力をいれて自転車をこいだ。
二人の髪が揺れ、チェックのスカートが微かに風圧でなびく。
すぐにスピードが乗り、徒歩よりはましという速度で、自転車は安定する。安定すると、貴子は力を抜いてちょっと身体を離した。
思わず心の中で「あ、残念」と呟いたほのかの顔は、貴子からはあいにくと見えない。平均よりふくよかな貴子の胸は、それでもまだ、ほのかの背中にそっとあたっていた。
「貴子、傘ないけど、貴子も折りたたみ傘ー?」
ほのかは自転車をこぎながら、貴子を背中に感じつつ、明るく後ろに声をかける。風圧に負けないように、貴子も少しだけ大きな声で言い返した。
「うん、荷物だし……!」
「雨の時はやっぱり電車通学の方が楽だよね。自転車だと不便だし」
「ん……、でも、電車も、じめっとなって、あんまりよくないよ」
「でもカッパよりましでしょ?」
「え、脇坂さんはカッパでも可愛いよ」
反射的に、貴子はそう言い返す。貴子から見れば、ほのかは雨ガッパも世界一似合う女の子だ。ほのかとしては褒めているのか馬鹿にしているのか疑問に思うかもしれないが、当然貴子は褒めているつもりである。雨ガッパ「も」と思っている辺りに、その心理がしっかりと表れていた。
ほのかは笑って、貴子に言い返した。
「そういう問題じゃないし、カッパが似合っても嬉しくなーい」
「あ、なら、カッパじゃなくて、レインコートってことに……」
「えー? それ、意味変わってないよ?」
「ぁ、ぅ……」
口篭もる貴子に、ほのかはずっと楽しげな笑みだ。
が、貴子も貴子で、少しずつ口数は増えていた。まだまだ受身で緊張感が漂っているが、逆にその緊張のせいもあって、ほのかといる時は自分の身体の問題もあまり気にする余裕がない。ほのかが笑顔を絶やさないのも大きいのだろう。たまに自分が笑われているようにも感じて顔が熱くなるが、よく笑ってくれる彼女が嬉しい貴子だった。
「あ、そ、そうだ、脇坂さん!」
「うん? あは、そんな一生懸命呼ばなくてもいいのに。なーに?」
「ん、んっと、雨の時は、待ってなくていいから……!」
「えー? なんでそんなこと言うかなぁ。いつも一緒に行きたいよ」
「……でもたぶん、そんなの今だけだろうし」
「……へー。貴子、今だけなんだ?」
「え、あ、ちがう! お、わたし、は、ずっと一緒がいいけど!」
「ぼくだってそうだよ」
「で、でも、変な遠慮はして欲しくないから」
「なんで貴子がそれを言うかなぁ。それぼくの台詞だよ。何度でも言うけど、貴子も、もっとわがまま言って甘えてくれていいんだよ?」
「…………」
「大丈夫。ぼくだってわがまま言うし、貴子のわがままを全部聞くとは限らないしね? 貴子も、ぼくのわがまま、全部聞かなくていいんだからね?」
恋をしていれば、相手を思い遣って譲り合うこともあるかわりに、相手に甘えて自分優先になることもある。恋人が相手であっても、時には我を通したくなることもある。
このあたりはバランスの問題で、お互いが自然に振る舞えるところで落ち着けば、付き合いも長続きするのだろう。貴子とほのかがどこで落ち着くのか、まだお互いによくわからないが、それは二人が一緒に、これから見つけていくことだった。
「……そんな、脇坂さんだから……」
明るく楽しげに言ってくれるほのかの背中に、貴子は感極まって、斜めに額を預けた。
小さく、呟く。
――脇坂さんが本気で望むことなら、おれはなんだってしてあげたいんだよ――。
「え、なぁに? ごめん、聞こえなかった」
貴子の髪が首に触れて、くすぐったそうに身じろぎしたほのかには、貴子の声は届かなかったらしい。
はっと我に返った貴子は、自分の言葉が急激に照れくさくなって、頬に熱を感じながら小さく首を横に振った。
「なんでもない……」
ほのかはその声もよく聞こえなかったようで、振り向きたそうな様子で声を上げる。
「えー? 聞こえない、なにか変なこと言わなかった〜?」
「……言ってない」
「全然聞こえない! ぼくがなにかって言ったでしょー? なんて言ったのー?」
「……ん……」
何度も同じ問いを繰り返すほのかは、貴子の照れくささを察してくれない。が、貴子からはそんなほのかが可愛く見えて、自分に夢中になってくれているように思えて、不思議な嬉しさも込み上げてきた。
貴子はちょっとだけためらってから、素直な気持ちを、言葉に乗せた。
少し背伸びをして、彼女の耳元に唇を寄せて。
一瞬だけ声を大きくする。
「そんな脇坂さんが、大好きだよって」
「…………」
急に、自転車が蛇行した。
「っとと!」
ほのかは慌てて自転車をコントロールする。貴子もびっくりして、とっさにほのかにしがみつく。
「や、やっぱり貴子って恥ずかしい子だよね! いきなりそんなこと!」
自転車を制御しながら、ほのかは大きな声を出す。
「……もう、それでも……」
貴子は恋人にしがみついたまま、頬を桃色に染めて、だがとても自然に微笑んで、彼女の背中で顔を隠した。
「いいかなって、気がしてきた……」
ほのかが相手なら、勝てないのも恥ずかしいのも嫌ではなかった。情けないのは嫌だが。
「えー、なぁに? さっきから全然聞こえない!」
今度はわざと自転車を蛇行させながら、ほのかが騒ぐ。
貴子は何をどう言っていいのか上手く言葉が見つからずに、顔を赤らめて微笑んだまま、もう一方の腕もほのかの腰に回した。じんわりと湧き上がってきた楽しさに身をゆだねて、恋人を後ろから包み込むように、抱きしめるように、きゅっと両腕に力をこめる。
貴子なりの、無言の意思表示。
ほのかは一瞬また驚いたようだが、すぐに破顔した。
「もう! 貴子は恥ずかしい子で決定だね!」
人目をはばからずに元気よく笑うと、ほのかは自転車のスピードを上げる。貴子も、ほのかの背に上半身を押し付けるような体勢で、お互いにお互いを強く感じる姿勢で、ドキドキとお互いのぬくもりを満喫する。
ちょっと頬を上気させて、きれいな明るい笑顔で自転車をこぐほのかと、その自転車の後ろに横座りして、ガールフレンドのウエストにしっかりと両腕を回して抱きついて、少し楽しげに薄桃色の頬を緩ませている貴子。
そんな二人、言うまでもないかもしれないが、昨日以上に目立っていた。
しかもスピードが徒歩より速いから、徒歩の生徒たちをどんどん追い越して、みなに目撃されまくりだった。
「またあの二人は、朝から人前で……」
「はは、確かにあれはなんか恥ずいな。おれでも負けそうだ」
学校の近くで追い越された松任谷千秋と槙原護のカップルは、千秋はちょっと呆れたように恥ずかしそうに、護は面白そうに笑って、今見た二人を話題に乗せていた。
「ま、負けていい。さすがにあれは、真似したくない」
「まあ昨日の今日だしな。ほっとけばそのうち落ち着くだろ」
「ほんとに、そうじゃなきゃ困る。この先ずっとあんなだと、見せつけられる方がやってらんない」
今はまだ初々しいということで見逃すが、慣れても変化がなければ、さすがに千秋もバカップル呼ばわりをしたくなる。
「はは、そうだな、いや、ここは思い切って勝ちにいってみるか?」
「な、あんたまで朝から……!」
腕を組もうとした護を、千秋は慌てて振り払う。
この光景をバス通学の宮村静香などが見れば、「こっちもこっちで恥ずかしいよね」と羨ましそうにからかうように笑ったかもしれない。
少しずつ少しずつ、秋が深まっていく季節。
世界のどこかでは争い事が絶えなくとも、今この場には、ひたすら平和な光景が広がっていた。
concluded.
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初稿 2008/02/26
更新 2008/05/06