She is a boy.
Taika Yamani.
没原稿 「綾瀬家の朝」
高校一年の四月、霧風鈴と仲良くなる、ちょっと前。
父さんを起こしに行った母さんが戻ってきて少しして、父さんもダイニングキッチンにやってきた。いつものことながら洗顔などは一通りすませたようだがまだパジャマ姿で、ちょっと子どもっぽくてだらしない格好だ。
「あ、もう、レンくん、まだ寝癖がついてるよっ」
母さんが笑って父さんに近づき、その髪をなでにかかる。この二人は、いつまでたってもお互いを名前で呼び合い、子どもの前だろうとなんだろうと、どこでもかしこでもべたべたなカップルだ。ぼくはすっかり慣れているから、いまさら照れることもなく、いつもどおり父さんに朝の挨拶をした。
「父さん、おはよう」
「ああ、おはよう。ん? エプロンなんかして、どうしたんだ?」
「どうしたはないと思うな。今日はぼくが朝ご飯作ったんだよ」
「…………」
父さん、なに、その沈黙は。母さんは横でくすくすと笑っている。
「えっと、すまんな、ぼく、耳が遠くなったみたいだ」
……そういうべたな反応でくるんだね。
「わかった。父さんの分は抜きね」
「わ〜! 嘘だ、冗談だ、はっきり言うと全然目一杯信じられなかっただけだ!」
「ぼく、一生懸命作ったのに……。お父さん、ひどい……」
必殺、嘘泣き。
母さんにはなかなか効かないが、この技は父さんには有効だということは最近気付いた。男親なんてしょせん娘には甘いものらしい。
「わ、わ、ご、ごめん!? ただぼくも素直な本音をだな!?」
……全然言い訳になってないよ、父さん。
「なーんて、ま、いいけどね。とりあえず、食べてみてよ」
ぼくは笑顔を振り撒くと、キッチンにもどり、ご飯とお味噌汁を器によそった。父さんはまだ焦っているみたいだ。
「美来はどうしたの? 突然料理だなんて」
「どういう風の吹き回しなんだろうね〜。昨日急に作るって言い出して」
「愛来も手伝ったんだよね?」
「自分でやってみたいからって、手伝わせてくれなかったの。わたしもちょっと楽しみかも」
聞こえてくる会話が、妙に楽しい。ぼくは笑顔で料理を運ぶ。
「はい、父さん、どうぞ」
ごはんとお味噌汁をワンセット。「……少なくとも、見た目はちゃんとしてるね」という失礼な発言を聞きながら、母さんの分もよそいに行く。
「味はどうなんだろうね。わくわく。美来、早くわたしのも〜」
「はいはい、すぐ持っていくよ」
母さん、あなたはいったい何歳ですか?
母さんの分も並べて、もう一度戻って、お弁当のついでにつくったニンジンやゴボウの炒め合え(金平ゴボウ美来バージョンと勝手に名づけた)、漬物や海苔やらもテーブルに並べる。
「ほら、美来も早く座りなよ」
「そーよそーよ、いつまで待たせるの」
ぼくを待っててくれたらしい両親に、苦笑なような、微笑のような表情を返して、最後に自分のごはんにお味噌汁をよそってテーブルにつく。両親の手は素早かった。
「いただきます〜」
「いっただきま〜す」
「慌てなくても逃げないのに……」
ま、最初だけかもしれないけど、喜んで食べてくれるのは嬉しい。ぼくもいただきます、と手を合わせた。
「わう、おいしい〜」
「うう、娘の手料理が食べられる日が来るなんて夢のようだ……」
う、父さん……。マジ泣き……?
と思ったら、泣き止んで、にっこり笑顔を向けてきた。
「とまあ、半分本気の感動はともかく、本当に美味しいね」
……まったく。
「はいはい、ありがと」
いいながら、ぼくも口をつける。豆腐とわかめのシンプルなお味噌汁だ。出汁もしっかりと効いていて、我ながらいい味です。
「ね、美来、お味噌、なにをつかったの?」
「ん? おいてあった白味噌だよ。あ、もしかして、使っちゃまずい奴だった?」
「え〜、わたしがいつも使ってるのと同じじゃないの、それだと」
「えっと。そうなんだろうね」
じゃあなにが問題なんだろ? ぱくぱく。
「え〜え〜、どうしてそれでこんな味が違うのよ〜?」
「んー、腕の差?」
「……美来チャン、お母さん、泣くから」
「なんてね。母さんのお味噌汁も好きだよ。出汁の取り方と、味噌の使い方が少し違うんじゃないかな、たぶん」
「むむ〜。後で教えなさい」
「ぼくも、母さんに料理を教わりたいな。今夜、一緒に作ってもいい?」
「え、わーい、いいよ〜。娘と一緒にお料理なんて、わたし、楽しみだなぁ。ちょっと嬉しいかも。なに作ろうか〜?」
にこやかに、母娘の会話を交わす。父さんは会話に参加できず、少しいじけていた。
……そんないつもより賑やかな朝食の時間を過ごして、ちょっと時間ぎりぎりになってテーブルを立つ。ぼくより早く家をでる父さんがダイニングをでていくのを、ぼくは寸前で思い出して呼び止めた。
「あ、父さん、待って」
「ん?」
キッチンの方にぱたぱたと駆けていき、用意していたものを手に持って逆戻り。
「え?」
「お弁当」
お弁当箱である。大人の男の人向けのサイズだけど、ちょっとちゃめっけを出して少女趣味なピンクの包みだ。
「自分のを作るのと一緒に作ってみたんだ。お昼に食べて」
昨日さりげなく、父さんはお昼はいつも外で食べるということと、今日もそうなるだろうということは聞き出していた。だから受け取ってくれないということはないはず。ちょっと恥ずかしがるかもしれないけど、とは少し意地悪く思うけどね。
「美来……」
「え」
まさかいきなり抱きしめられるとは思わなかった。
「本当に、お父さんは今日感動させられっぱなしだよ」
微かに震える声。
……中学に上がるあたりから、ずっと、そっけなく多少冷たく接してきたからかもしれない。だから少し優しくすると相手も予想以上に喜ぶ。
……お父さんの身体は大きくて、そのぬくもりは暖かい……。
「たまには、ね」
ぼくはそう言って、父さんの肩をそっと押した。母さんは横でニコニコ笑っている。
「美来チャンが素直になって、お母さんもとっても嬉しいぞっ」
……この状況を、ぼくが素直になったからと表現する母さん。父さんは少し照れたように涙をぬぐった。
「ああ、孝行娘を持ってぼくらは幸せだな、うるうる」
……父さん、うるうるという擬音を口で言うと、もう台無しです。
「ほら、ご飯くらいでそんなに喜んでないで、早く行かないと遅刻するよ」
「そうだね、レンくん、着替えないとね」
「ああ、行ってくるよ、美来」
「うん、気をつけてね。行ってらっしゃい」
母さんはいつも父さんの着替えを手伝いに行くから、残ったのはぼくだけだ。相変わらずラブラブな二人を笑って見送って、ぼくは汚れた食器を片付けにかかった。ま、食器洗い機に放り込むだけだから簡単なんだけどね。ぼくもでかける用意をして学校だ。
ちゃんちゃん。
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初稿 2004/05/30
更新 2014/04/15