魔法のリップスティック
Taika Yamani.
暴走おまけ 「妹?」
「うわ〜〜〜〜!! お兄ちゃん〜〜〜〜〜!!」
声変わり前の少年というよりは、十歳前後の少女の、甲高い声だった。勇太郎はわかっていながら、何事だという顔を作って椅子から立ち上がった。ゆっくりと部屋を出ようとしたところで、外側からドアが乱暴に開く。
「お、お兄ちゃん!」
そこに立っていたのは、小学校高学年と思われる年齢の少女。どことなくカレンの面影がある少女だが、子どもっぽくも愛らしい顔を、涙でくしゃくしゃにしてた。
「お兄ちゃん、おれどうなったの!?」
「だれだ?」などと冷たい発言をすることも考えた勇太郎だが、弟――いや、妹というべきか――の取り乱しようにその言葉を飲み込んだ。わざとらしく、惚けた発言をしてみせる。
「賢くん? どうした?」
「おれ、おれ……! 起きたら女になってた〜〜〜!!」
少女はわっと泣き叫ぶと、そのまま勇太郎にしがみついてきた。
「なんで!? おれどうなってるの!?」
自分で解決策を考える前に、取り乱して兄に頼ってくる妹。勇太郎は母性本能を強く刺激されて、少女の小さな背を優しく撫でた。
「賢くんは女の子でもとても可愛いと思うが」
「わ〜〜〜〜ん!!」
少女にとって、勇太郎の発言はなんの慰めにもならなかったらしい。さらに声を大きくしてしまう。勇太郎はいじめすぎかと少しだけ反省して、少女を抱きしめたまま片膝をついた。
少女を少しだけ高い視線から見つめて、そっとそのバラ色の頬をなでる。
とても可愛らしい、十一、二歳の少女。やんちゃな男の子の衣装だが、服が少し小さいようで、身体に張り付いていた。まだまだ発育途上の身体だが、ふくらみかけの胸が少し目立つ。が、小悪魔めいた微笑を浮かべれば危ない魅力も漂いそうだが、必死で泣きじゃくるその姿は子ども以外の何物でもなかった。
「何か夢を見たのか? 賢くんは男だろ?」
「で、でも、だって、だって!」
少女は泣きじゃくりながら、あまり品がない行動にでる。手で無造作に、股間を押さえたのだ。
「やっぱりちんちんない〜〜〜!!」
いっそう泣き声が大きくなる。勇太郎は半分笑いを堪えながらも、半分罪悪感がこみ上げてきた。
「まだ寝ぼけてるのか?」
「寝ぼけてなんかない! お兄ちゃん、おれ!」
「いいからまずは少し落ち着くんだ。ほら、目を閉ざして」
「うっく」
勇太郎は大きな手の平で、少女の頭と背を優しく撫で続けた。ぼろぼろ涙をこぼしながら、少女は勇太郎を信頼しているのか、言うことを聞こうという姿勢を見せる。
昼寝をしている弟にこっそり魔法のリップスティックを使ったのは勇太郎自身だから、その姿はすでにじっくりと見物はすませているが、寝ている姿しか見ていない。一生懸命に両手を使って、可愛らしく必死に涙をぬぐう妹の姿は、かなり胸にきゅんときた。
愛らしすぎて、もう無性に保護欲がかきたてられてしまう。同時に、このくらいの年齢の時から可愛い女の子になってみたかった、と勇太郎は真剣に思う。十代半ばも悪くはないが、それぞれの年齢にはそれぞれの魅力がある。
少女はまだ涙をこぼしながらも、勇太郎が優しくなだめると、何とか泣き声を堪えて、素直に目を閉ざした。ひっくひっく、と、微かに嗚咽をもらしている姿も、子どもっぽくてとても愛らしい。
「じゃあ、お兄ちゃんがちゃんと賢くんを落ち着かせてあげるから。少しじっとして。いいな?」
「うぐ、おれ、病気なの?」
「いいからお兄ちゃんを信じろ」
勇太郎は少し強く言いながら、まだ涙をにじませている少女の、愛らしい唇を指先で撫でた。少女はびくんとなるが、勇太郎を信じきっているのか、目を開けることはしない。
「気持ちを楽にするおまじないだから、少しじっとして」
勇太郎はそう言うと、準備していた魔法のリップスティックを取り出して、少女の淡い桃色の唇に近づけた。
また身体を揺らす少女。だがやはり、逃げたりはしない。はたから見ると、キスでもねだるかのように、少女の唇が上を向く。
勇太郎は手早くきれいに、少女の唇にリップクリームをつけた。
少女が少年になるのは、一瞬とも言えないくらいの、ほんの短い時間。
勇太郎の目の前には、可愛い少女ではなく、やんちゃな男の子がいた。
「もう目を開けてもいいよ」
「……ひっく?」
兄の言葉に、賢次郎は、おずおずと目を開く。
「怖い夢でも見たのか? 賢くんは男の子だろ?」
「でも、でも!」
「ほら、ちゃんとついてる」
勇太郎は軽く笑って、弟の手を、弟自身の股間にいざなう。
「ひゃぐ!?」
賢次郎は変な声をあげたが、すぐに自分のそれがそこにちゃんとあることを理解した。泣き顔が、ぱっと明るくなる。
「あ、あれ?」
「変な賢くんだな。女の子になりたいのか?」
「ち、ちがう〜!!」
急激に、賢次郎の顔が真っ赤になる。安心したら、恥ずかしくなってきた部分もあるらしい。怒ったような顔で、ばっと兄から離れた。
「おれはずっと男だもん! ずっと男、だよね……?」
まだなにが現実なのか頭が混乱しているのか、語尾が弱い。勇太郎は優しく笑って、弟の頭をちょっと乱暴に撫でた。
「賢くんはどこからどう見てもおれの弟だよ。それとも、妹がよかったか?」
「お、おれはお兄ちゃんの弟だもん!」
いじめすぎたのか、賢次郎は赤い顔のまま頬を膨らますと、勇太郎のたくましい胸板にヘッドバットを食らわす。勇太郎は一瞬息がつまった。
「あっかんべーだ! ――ありがと!」
賢次郎はバタンとドアを閉めて、パタパタと駆けて行く。
勇太郎は弟の最後の笑顔に胸をチクチク痛めつつも、参ったな、というふうに笑って、リップスティックをぎゅっと握りしめた。
ちゃんちゃん。
あとがき
※ この暴走おまけは、あくまでも妄想で、フィクションのフィクションです。本編の人物・団体・事件とは、おそらく一切関係ありません。勇太郎くんも、こんな迂闊でいじわるな行動はとらないと思われます。
最後は夢落ちにしようと思いましたが、つなぎが上手く書けませんでした。この後目が覚めると、お昼寝してしまった兄の上にのっかって、「お兄ちゃん、お腹すいた〜!」など賢次郎くんが騒いでいたりするかもしれません。
魔法のリップスティックが他人に使えるどうかは本編では触れてないですが、こんなふうに使えたら他人の人生にかなり影響力をもってしまいますね。本当は所有者専用アイテムなのかも?
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初稿 2004/02/06
更新 2014/09/15