ガールフレンド
Taika Yamani.
第六話-I 間話
自然に話は弾んでいったが、変な方向にも流れは進む。
リハビリの話題から筋肉が欲しいと言い出したのは初瀬だが、半袖シャツの袖を腕まくりして二の腕に力瘤を作って、全然瘤になっていないその柔らかな部分を美朝がさわってきて、初瀬も美朝に力瘤を作らせて制服のブラウスの袖をまくってさわり返して、そんなふうにじゃれあったりするうちに、右の手のひらの押し合いっこ――正面から向き合って手のひらと手のひらを合わせての力比べ――をしてみることになって、初瀬はあっさりと負けてしまった。
無邪気にはしゃいで喜ぶ美朝に、初瀬は「まだ本調子じゃないからだよっ」と、あながち間違いではないことを言って強がったが、万全の状態でも本当に勝てるかどうかはやってみなければまだわからない。
「おまえ意外に鍛えてるよな。そんなぷにぷにしてる腕のくせに」
「うん、部活してるし、平均よりはあるかも。前の初瀬くんには全然負けるけど、わたし結構強いんだよ」
初瀬はぶすっとした表情で反撃を試みたが、美朝は照れるどころか自慢げに、むんとポーズをとって、また力瘤を作ってみせる。初瀬はふてくされつつも、そんな美朝のしぐさについ笑ってしまった。
「初瀬くんも鍛えなきゃだね。女子は男子より筋肉つきにくいから、胸の筋肉とか背中の筋肉とか、お腹とかお尻の筋肉とかも、ちゃんと鍛えておかないと、将来おっぱいとかお尻とかたれやすくなるって、ママ言ってたよ」
「――――」
美朝は時々、素でセクシャルなことを言う。
初瀬が男のままなら、いきなり何を言い出すんだとつっこんだかもしれないが、今の初瀬にはもう他人事ではない。
実際美朝はアドバイスのつもりなのか、「筋肉だけじゃなくて、胸にはおっぱい支えてるクーパー靱帯っていうのがたくさんあって、傷付くと治らないみたくて、あんまりいっぱい揺らしたりするのもダメなんだって。だから、ブラとか、スポーツブラとか、だいじなんだって」と、母親の受け売りをさらに連ねる。初瀬はむしろ美朝のその部分を意識して、今の自分の肉体の現実にまた鬱屈したものを抱えながらも、ついつい美朝のそこを凝視してしまった。
初瀬はすぐに笑って茶化そうとして、「ま、まあ揺らすとちょっと痛いしな」と実感のこもった墓穴を掘るようなことを言い、美朝も自分から言い出しておいて恥ずかしかったのか、目のふちをうっすらと赤く染めて、うんと頷く。
美朝は何気ないふうに、隠すように両腕で胸を抱くようにして、そのまま恥ずかしそうに、だが真面目に言葉を続ける。「形とか気にするなら寝る時も夜用のブラするのもいいって、ママ言ってた。あんまり長時間締め付けると乳癌になる確率あがる説もあるみたいだけど、ナイトブラならちゃんと負担ならないようになってて、窮屈じゃないし」などなど、今の時期は夏用のブラもどうとか、お尻も身体にあったぱんつがどうとかこうとか、美朝は一所懸命に初瀬に指南する。
さすがに美朝も、下着などの話題はやはり恥ずかしさがあるのか、一方的な情報提供だけして、深くは話題を掘り下げない。「今度一緒に見に行こうね」とはにかむ美朝に、初瀬は「なんだよ、そんなにおれに選んで欲しいのか?」と表面上は強気でからかったりしたが、これまで考えたことがなかったような内容も多くて、ネガティブな感情も刺激されて、内心はちょっとたじたじだった。
おまけに冗談のつもりだったのに、美朝は照れながら「ん……、ちゃんと、可愛いの選んでね?」と上目がちに初瀬を見返してきて、初瀬の方がドギマギさせられてしまった。
「わたしも、初瀬くんの、可愛いの選んであげるね」
「いやいや、ぅーん、どうなんだ。見せるのはおまえらだけだから、好きにしていいっちゃあいいけど、実用性重視のがいいぞ」
「……ぅん。じゃあ、可愛くて実用性があるの探してあげるから」
「――いいけどさぁ」
見せるのは、という部分に反応したのか、美朝はますます恥ずかしそうに嬉しそうに初瀬を見つめて、初瀬も初瀬で言葉につまる。
「あは、んとね、それでね、インナーもだいじだけど、ちゃんと運動するのもだいじなんだよ」
美朝は照れ笑いをして、ちょっと勢いをつけて話を戻した。
無意識に少し気を抜く初瀬に、美朝は日々の美容と健康のための運動や筋肉トレーニングの重要性を説いて、立ち方歩き方座り方や身体の重心など姿勢もどうとかこうとか、普段から気をつけておくべきあれこれを熱心に伝授する。
筋トレや姿勢のあり方などについては、初瀬も小学校時代から調べてそこそこ詳しく、過去にも美朝たちとその手の話をしたことがあるが、今日の美朝の話は趣旨が少し偏っていた。普通の筋トレとしても有益な内容だったが、これまでの初瀬の実践とは目的が違う。
「むしろ運動必要なのはおまえの方じゃね? 最近部活サボってばっかだしな」
初瀬は笑って反撃を試みたが、美朝は「うん、だから一緒にがんばろうね」と、楽しそうににこにこしていた。
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初稿 2012/03/02
更新 2012/03/02